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PS.ありがとう 第22話

美羽だけじゃなくて晴香ももらいものをしていた。

「優里ちゃんのお母さんがママに渡してって」

開封すると欲しかったしわ取りクリームが入っていた。手紙にはこう書いてあった。

“この前は自転車と交換してくれてありがとう。このクリームな、申し込んだら2つセットやったから1つ使ってくれる。私はもう一個のエクストラタイプじゃないと効果ないみたいやから、そっち申し込もうと思ってるんよ。だからお試しは一つで十分やわ。瑤子さんならもともときれいやからこれでいけると思うけど、使わんなら他の人にあげてもいいからね”

よっしゃ、瑤子は思わずガッツポーズをした。しわ取りクリームにではない、手紙の効果にだ。やっぱりこの便せんは不思議な力を持っている。便せんは本物だ。

こっちの世界とあっちの世界がつながった気がした。偶然でも不思議なことは都合のいいように考えてしまう。

便せんを手に取り眺める。

「素晴らしい友よ、いいね君」

便せん相手に話しかけてみた。もっと夢をかなえたいと思ったが、残り1枚だということにおととい気が付いた。記憶をたどったが、どこで買ってきたのかさえも忘れている。ネットで探したが、同じものはどこにもなかった。

あと一枚でこの思いもすることがなくなるのか。そう思うと少し寂しい気がしたが、この運命に頼るのも都合がよすぎると思っていた。

いっそのこと東京行きも便せんにしたためてみれば全てOKだ。そう考えた時もあったが、祐輔の不倫疑惑を解決したい。同時進行だ。

「ママ、今日もパパは遅いの?」

「そうねえ、パパはね仕事を頑張ってるから、遅いの」

そう言いながらもレストランで知らない女性と談笑している祐輔の横顔が浮かぶ。膨らんだ疑念で胸が爆発しそうだ。

「美羽、美羽とお姉ちゃんがちゃんとご飯食べていけるように、パパは仕事して、お金をもらってるからね、それだけ大変なんだよ」

吐き気がした。

「そうか、パパに感謝しないとね」

「そうだよー、ちゃんとパパにありがとうって言ってね」

そろそろ本当に吐きそうだ。

「わかった、今度会ったときね」

そう言うと美羽は寝息を立て始めた。

子供たちが寝入ったのを確認し、トイレに走った。人差し指をのどまで入れたが実際には吐かなかった。手足が体と切り離されて、ばらばらになったようだ。感情が体に影響するのは間違いない。

リビングに戻りパソコンを立ち上げた。寝静まってからは自分の時間だ。はたして、動画をつきつけるべきか。

「これは誰?どういう関係」

口にするが、何となく芝居じみている。食事の現場を抑えたことは悪いものではないが、仕事上の食事だと言われれば一巻の終わりだ。やはりホテルかマンションから手をつなぎながら出てきた、みたいな現場を抑えないと証拠にはならない。祐輔の性格からして、食事の場でも証拠を見せられれば嘘の上乗りをするような人間ではない。そう信じてきた。ここは彼の生真面目さに期待したいが、果たしてどうだろう、どうなるかはわからない。逃げられた場合はやっかいだ。

1つだけきっかけがあるとすれば7月1日だ。その日は瑤子の誕生日だ。誕生日くらいは家にいるだろう。帰りが遅くなるようであれば不倫確定だ。そんな勝手なルールはないとも思いながら、東京行きのきっかけにはもってこいの理由になるとも思った。

そんなことを考えていると祐輔が帰ってきた。

「ただいま」

「お帰り、今日も忙しかったの?」

「ああ、もうあとひと月もないからな」

祐輔がリビングに入ると同時に、空気の色が変わる。

「今日はごはんあるからね」

食べてきたというのか。

「ああ、おなか減った。お、今日はカレーだな」

「あたり」

そんな無邪気な祐輔に自分がとても卑しく感じた。

「そういえばさ、祐輔、私と子供も一緒に東京に行って生活できないかな」

心臓が飛び出てきそうだった。なるべく長引かせたい質問だった。結論を先延ばしにして否定されないことをずっと祈っていたかったからだ。

だが、こっちにはいくばかりかの証拠がある。少し強気に出たつもりだ。

「どれくらい行きたいの?子供の学校も向こうにするの?」

「そ、そうね全て東京での生活にしたい」

「そか、もう単身赴任で話がすすんでるからなあ、とりあえず聞いてみるけど期待しないで。行けたら瑤子は幸せなのかな」

「もちろん、あ、でも無理しなくていいから」

優しい回答に少し戸惑ったのは確かだ。

「わかった」

祐輔がカレーを口に運ぶ。

わかったは、どれくらいのわかったなのか、聞きたかったがやめた。これ以上祐輔と会話をするのが無駄なような気がした。すっきりした返事はもらえなさそうにない。自分の気持ちも同時にすっきりしないままの状態が続くだけだ。

次は2人を尾行するか、数ヵ月前まではこんな探偵ごっこみたいなことをするなんて、夢にも思わなかった。

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