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PS.ありがとう 第15話
声に出た。まさか、もう一度声にしてみた。心臓がたかなってくるのがわかった。
“感謝を誰かに”
まさかでしょ、PS.ありがとう、と書いた手紙は2通のはずだ。一人は美里ちゃんママ、もう一人はレイナちゃんママのはずだ。美里ちゃんママからもらった抽選券はレンジに変わった。手紙を書いている前に電子レンジのカタログを見ていたのを覚えていた。
レイナちゃんママに手紙を書いている時は何をしてたっけ。目を閉じて目に見えた残像の後をたどったが、何も出てこなかった。
もし、この便せんが本当に願いをかなえてくれるなら、気に入った物件が空いたことも何か関係があるのかもしれない。
前に進むべきか、果たしてこれが本当の体験なのか。
一度試してみよう。そう思った。
もし本当にこんなことがあるのなら余裕で東京行きは決まりだ。心の中で重しになっていた何かがポロンと体外に出て、急に体が軽くなった気がした。
瑤子はキッチンに行き冷蔵庫から残り物のキャベツを手に取った。これが何の役に立つのだろうか、と自分でも不可思議な行動をしたと思いながらリビングに戻る。
テーブルの上に直にキャベツを置いた。今まで直にキャベツを置いたことはもちろんない。少し下がって眺めてみる。なかなかいい感じだ。
瑤子はペンを持ちキャベツを見ながら便せんに向かった。これが私の脳の残像になる、意味は分からないがそう思った。
“美智子さん今日は楽しかったわ。美智子さんが自転車好きなんて初めて知ったわ。私は電子レンジが欲しかったからちょうどよかった。すごい奇跡やと思わん?
美智子さんの欲しかった自転車と、私が望んでいた電子レンジ。いい思い出やね。これからもよろしくね。“
こんな感じでいいかな。なるべく変な風な感じに思われないようにしないと、違和感があるとこの願いはかなわない気がした。だから文章も内容もいたって自然になるように書いたつもりだ。
そしてその後に続けた。“PS.ありがとう”
我ながらいい出来だ。美智子さんが笑っている顔が浮かぶ。人に喜んでもらえることがこんなにいいものだと思えたのはいつぶりだろう?いや、人生このかた、思ったことはあったっけ?
便せんを降りながら、クジでもなんでもいいから野菜に恵まれますように、頭の中はキャベツ以外の野菜が顔を出す。野菜も落ち着いて買えない時代になった。最近の値上がり具合がねたましかった。
手紙は明日晴香に持たせて優里ちゃん経由で美智子さんに渡してもらおう。
この実験が成功の保証をしてくれるような気がした。まあ失敗しても落ち込まないようにしよう。
“かけごとは半々の確率だからやらないほうがいいぞ”
昔誰かが言ってたのを思い出した。どっちでもいいか、そう思ったら少しは気が楽になった。背中に乗っかっていた疲れがすーっと抜けた気がした。
今日もいいよね、最近は勝手に判断するようになった、悪い癖がついてきたのかもしれない。そう思いながらもラップをかけた肉じゃがをテーブルに置いた。寝室に向かいながら、あなたのせいでもあるのよ、と祐輔を呪わずにはいられなかった。
太陽のさわやかな香りをまとったシーツに身を投げるとあっという間に眠りに落ちていた。
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