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リスキーな愛の告白 完結編 (読了4分)
あらすじ
ある日、俊太たちがいつものスーパーから走って出てくるのを見かけた夏美。次の日、その時間帯にスーパーで万引きがあったことを知る。まさかという思いをもちながらも、夏美は俊太とつきあうことになる。
リスキーな愛の告白 完結編
「わかった、付き合う」
と言ってくれた。
すかさず私は「ありがとう」と言って右手を差し出していた。考えを変える前に証拠的ななにかをおさえておきたいと思った。俊太はしっかり私の右手を握った。
夏は終わったからアイスはとりあえずやめたがゆっこと一緒にいることには変わりはなかった。ゆっこと別れると、その後いったん校門の前に戻り俊太の部活終わりを待った。俊太が校門から出てくると駆け寄って、一緒に帰るという日々が始まった。季節は冬に差し掛かっていたけど、私には春が来ていた。
1ヵ月くらいすると俊太の様子が変わった。
「ねえ、何か食べにいかない」
私がそう誘うと
「いいよ」
とは言ってくれるものの、俊太の表情は曇ったままだ。
その日あったことや、好きなアーティストのことや昨日見たテレビドラマのことを話しても俊太は心ここにあらずという感じだった。これは気のせいではない。私はずっと俊太のことが好きだったから、彼の様子はよく知っている。間違いないと思った。
最近また図書館で俊太と宮田メイが二人で話しているところを見かけていたからよけい気になっていた。俊太は私の前では見せない笑顔をメイに見せていた。きっと俊太はメイのことが好きなんだな、そうは思ったもののどうしたらいいのか私にはわからなかった。
そんなある日のことだ、学校帰りにいつものようにゆっことスーパーを散策していると
「ねえ、夏美きいた?」
ゆっこが深刻そうな目で話しかけてきた。
「スーパーの犯人さ、池堂だったらしいよ、耐え切れなくなって自首したみたい」
「そうなの?」
そう言った瞬間、俊太の顔が浮かんだ。
「俊太は?」
「池堂がチョコを盗んでスーパーから出ようとしたところでたまたま俊太君と出くわしたみたい、池堂さ、逃げるぞって、俊太君の手を引っ張ったんだって、俊太君はそのまま一緒に走ったって、やっぱり俊太君は知らなかったんだね。だから先生にも報告しなかったんだよ」
あの日の次の日の朝礼で俊太は池堂が万引きをしたことを知ったはずだ。それを知っても彼は池堂のことを先生に告げ口しなかった。一見悪いことのように思えるけど、池堂が万引きしたところを俊太は見ていない。わざわざ言う必要はない、私たちと同じだ。
そんな俊太を、私はまるで犯人みたいにして、その時のことを交換条件につきあわせている、そう思うと急に俊太のことが愛おしくなった。同時に俊太に悪いことをしたと思った。
別れよう、そう決めた。私は当然の報いだと思ったし宮田メイのことが気になっていた。
次の日、私は俊太に思いを告げた。
「今まで俊太のこと苦しめてごめんね、私たち今日で終わりにしよう」
次から次にあふれ出てくる涙を私は必至で止めた。だって私から誘って、断わるのに泣くのはあまりに勝手すぎる。涙はNGだと思った。必死で泣くのを我慢していると肩が揺れることを初めて知った。
「ありがとう夏美、俺も本当のこといわなかったし、なんか俺も悪かったから、気にするなよ」
俊太の優しさがとても心にしみた。ありがとう俊太。そう思ったら、私のまぶたのダムはあっさりと決壊した。大きな涙の粒がぼとぼとと足元に落ちる。私が蟻んこだったらおぼれているだろう。
「俺、短い間だったけど、うれしかったよ。こんなに俺のこと好きでいてくれる人ほかにはいないと思ったから、ありがとう、夏美、俺さ、いまさらだけど、誰とも付き合わないって決めてるから、サッカーと勉強、俺の高校生活はそれだけだから」
「俊太ありがとうそう言ってくれて、俊太もかっこよかった、今もかっこいいよ」
そう言うと涙が止まらない。
「いいよ、それより夏美、目、真っ赤だよ、たしかそんな飲み物あったな」
それが私と俊太、二人だけの最後の会話になった。
俊太はその後、難関国立大学に入学してサッカーを続け、今は大手の広告代理店で働いているとゆっこから聞いた。私は引っ越しをした上に、内向的な性格から、同窓会なんかにも出席しないから、今はゆっこからの情報しかない。
「目、真っ赤だよ、そんな飲み物あったな」
私はその言葉が忘れられず、その後も答えを探していた。トマトジュースのようなソフトドリンクではないことは確かだ。私の体からあふれてくる涙はそんなに純粋じゃない。
コーラでもない、赤い飲み物ってあまりないから、赤いイメージのある飲み物かもしれないとも思っていた。きっとそれはお酒に違いない、私の涙はきっと澱んでいるはずだ。苦いお酒だと思った。
そんなことを思い出しながら、私は父の書斎でレコードをあさっていた。最近は父の書斎でレコードを聴くのが私のブームになっている。
父は日本のシティポップを流すバーの経営をしている。若いころ音楽にはまり、買いそろえたレコードは何千枚もある。
お店ではレコードではなく有線で音楽を流しているようだ。家の父の書斎にはレコードとプレーヤーとお酒が置いてあり、カウンターも備え付けられている。
父からはいつでも使っていいと承諾を得ているから、私は父がいない時間にレコードを聴きながらお酒を飲んだりしている。私からするとお金のかからないバーだ。
今、私はチェッカーズのアルバムを探している。
私は29歳だから、チェッカーズをリアルタイムで聞いたことはない。確か、私が生まれた年に解散している。
それでもチェッカーズは私たちの年代の音楽好きは誰でも知っているし、私は父の部屋でほとんどのアルバムを聞いた。
いろんなアーティストのデビューアルバムを聞いてきたが、フミヤの歌唱力とバンドのクオリティは新人とは思えないくらいの完成度だ。スターになるべきいくつもの要素があると思うが、そういう要素がきっとデビュー前から備わっていたのだと思う。
私は目的のレコードを見つけた。チェッカーズのファーストアルバムだ。
ジャケットには「絶対チェッカーズ」と書いてあり、チェックの衣装を着たメンバーが輪になっている。
レコードに針を落とす。ジーッという、針とレコードがこすれる音がせまい部屋に響いた。この音を私はとても気に入っている。
1曲目は「危険なラブ・モーション」という曲だ。
リズミカルなギターの音が静寂を破って部屋にはじけ、空気を揺らした。この曲を聞くたびに俊太のことを思い出す、とてもいい時間になる。私はある日この曲に答えを見つけた。
私は自分で作ったカクテルを口に運ぶ。冷たい液体の塊がのどを流れ落ちていった。体温を冷やしたいときにぴったりのカクテル、私のお気に入り。
曲が2番に差し掛かる。フミヤが歌っている。
“ブラッディマリー溶かしたようなそのまなざしに 罪のない男のハートも 赤く染められ”
大人になった今なら、私の目を潤した飲み物の名前がわかる。やっぱり、お酒だった。
俊太の顔が浮かんでくる。今でも音楽ひとつで俊太を思い浮かべることができるなんて、私は幸せだ。
そして思う、あの時、走りながら振り向いた俊太は、右目でウインクをして確かに右手を挙げていた。
リスキーな愛の告白 了
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