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世界親衛隊 前編 読了3分

あらすじ
会社都合で失業してしまった海野雄太郎。思い悩んでいる時、世界親衛隊という仕事をみつけ応募すると、そのまま採用されてしまった。そこで海野が見たものとは…。

世界親衛隊 前編

失業して3ヵ月になるので、そろそろ就職しないとまずい。
海野雄太郎がリビングのテーブルでノートパソコンを開いて仕事情報を見ていると「世界親衛隊、潜水艇の操縦士を募集」という広告が目に留まった。
世界親衛隊?潜水艇の操縦士?子供の時に見た戦隊ものの戦士が浮かぶ。

今までの人生にはなかった新しい出会いの瞬間?そんな幸せな妄想を膨らませていると
「仕事はまだ決まらないの?」
テーブルの正面に座ってコーヒーを飲んでいた妻の洋子が、ノートパソコンのモニター越しに冷やかな視線を投げかけてきた。
「うーんなかなか採用してくれないんだよね」

妻だけ働かせている状況に申し訳ない気持ちを込めたつもりだったが、案外軽い感じになった。目の前で操縦士の仕事がちらつく。
「早く決めてね、私の給料だけじゃ子供やしなっていけないんだからね、退職金も大した額でもなかったんだから、隠居したような気持ちでいないでよ」
「わかってるよ」

大した額でもないという言葉が気になったが、黙って流した。

我が家には4歳になる女の子がいる。数ヵ月は妻の収入だけで生活をさせてもらっているのはありがたいことだとわかっている。
それにしてもだ。最近の妻のチェックは厳しい。
たまににらみをきかせた妻が夢にも出てくる。最近は妻に取りつかれているのではないか、という気にもなっていた。

雄太郎は外語大学を卒業して、旅行会社に入社。外国人客を相手に国内旅行のアテンドや、海外の旅行業者と企画書などのやりとりをする仕事をしていたが、世界的な感染症ウィルスの流行で会社は倒産の憂き目に遭い、一部の役職者だけを残して、50人ほどの社員を解雇した。
雄太郎はわずかな退職金と引き換えに仕事を失った。

失業して3ヵ月、何もしなかった訳ではない。得意の語学力が活かせる通訳や翻訳や、ツアーコンダクターなどに応募していたが、全て書類審査でアウト。

年齢が33歳だからか、あるいは感染症ウィルスの影響で採用を絞っているのか、失業後2ヵ月で審査落ちした企業は全部で8社だ。

顔を洗って気持ちを振るい立たせ、コーヒーを片手にもう一度潜水艇の操縦士募集の広告を見た。条件は英会話ができることと普通自動車免許を持っていること、腕立て伏せが50回できることだ。月給は50万。
「英語か、これはいいかもしれないな、それに腕立て伏せ50回ならいけそうだ」
その後、書類審査、面接、2次面接ととんとん拍子に話はすすみ、雄太郎は無事、潜水艇の操縦士として採用になった。
「潜水艇なんて大丈夫?沈んで帰ってこないなんてやめてよ」
そう言いながらも妻はうれしそうだ。
「大丈夫だよ、こう見えても船舶免許1級の腕前なんだよ、ほら僕たちが出会ったあの釣り船、あれは僕が運転していたんだからね」

自然に笑顔がこぼれた。採用されたことより、妻の呪縛から逃れられることが何よりの喜びだった。

潜水艇という乗り物に多少の恐怖感はあったが、そもそも海が好きで学生時代からヨット遊びをしたり、ライフセーバーのアルバイトをしたりしていたから、体力に自信があったし、海の面白さも怖さも知っているつもりだ。
自信がある反面1つだけ不安があった。それは、面接でも具体的な仕事内容が明かされなかったことだ。雄太郎の中で世界親衛隊という名前の意味は不明のままだった。

水平線がきれいに見える千葉県の海岸が研修場だった。研修生は20名。ひとまず開会式みたいなものが終わって休憩をしていると1人の男性が話しかけてきた。
「もしかして海野雄太郎君?」
見たことがある、そう思い雄太郎が記憶をたどる。
「あ、もしかして拓哉?」
雄太郎の記憶の中で、懐かしさと悲しみと喜びの感情が、一瞬で混じってあふれ出てきた。

話しかけてきたのは中学の時の同級生、原野拓哉だった。
「なんかあの時のまんま大人になっている感じだね」
拓哉が懐かしそうに雄太郎の頭から足先までを見ている。
「拓哉もだよ」
学生服の拓哉がタイムスリップして目の前にいるような気になった。
「あの時は色々ありがとう」
雄太郎の顔が和らぐ。
「何言ってるんだよ、僕は何もしていないよ」
発端は小学校3年生の時の出来事だ。雄太郎は授業中に我慢できずにオシッコをもらしてしまい、自分のいる場所だけ水たまりができたようになった。

先生から「大丈夫よ」と言われたが、教室中がざわめき立つのがわかった。
その後、友達から「小便小僧」とからかわれて以来、友達が話をしているのを見ると、自分の噂をしているように思え、次第に雄太郎は友達から遠ざかっていった。気が付くと見えない輪の外側が雄太郎の指定席になっていた。
中学に上がっても状況は改善されずにいた。いつもひとりぼっち。成績も思わしくなかった。何をやってもうまくいかない、そんな日常が雄太郎にとって当たり前だった。

「いいね、その詩」
中学1年の時、雄太郎がいつものように昼休みに一人で図書館の机に向かっていると、後ろから拓哉が話しかけてきた。
「あっ」
思わず雄太郎は体を机にかぶせたが、すでに遅かったみたいだ。
「それ自分で書いたんだよね、才能あると思うよ、だってそれすごいよ」
最初はいじめられると思っていたが、拓哉の雄太郎に対する態度は他の生徒とは違って、親しみがあり、やさしい感じがした。

そこから雄太郎の人生が変わった。
成績が良くて学級委員長をしていて運動能力も高かった拓哉は、学年でもリーダー的存在だった。

だから、昼休みに拓哉に誘われていっしょに遊びの輪の中に入っていっても、雄太郎を嫌がる者はいない。拓哉の友達となった雄太郎にものを言うものはいなくなったのだ。

「君には言葉を紡ぐ才能がある、今度は英語で歌の歌詞をつくってみないか」

辞書を引きつつ歌詞を書き、適当に曲を付けて2人で歌ったりもした。いつの間にか拓哉の喜ぶ顔が見たくて、雄太郎は色々なことを頑張るようになった。

雄太郎は卒業するまで、ひとりぼっちになることはなかった。

全て拓哉のおかげだ。2人は別々の高校に進学をした。中学を卒業する時に泣きながら拓哉にお礼を言うと、拓哉も泣きながら「詩、良かったよ」とだけ言った。

その後引っ越しをしたから、2人が顔を合わすのは中学以来ということになる。
「そういえば雄太郎も潜水艇を?」
「ああ、そうだね拓哉もか」
「ああ、会社経営してたんだけど、このご時世だろ、やばいことにならないうちに解散したってわけ、社員は5人しかいなかったからなんとかなったけどね」
拓哉が苦笑いをしながら遠くを見る目になった。
「そうか、やっぱり拓哉は頭がいいよ」
近況を報告しあっていると、潜水艇の操縦の研修が始まった。

世界親衛隊 後編へつづく

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