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犯罪レッテル 第2話 全3話(読了3分)

「ソーリ、それはないでしょ、犯罪者が多い市町村とそうではない市町村、差が大きくなるんじゃないでしょうか、犯罪者が多い市町村では多くの人が犯罪者としてレッテルを貼られるんですよ、ソーリ、犯罪者軍団を取り残す気ですか?犯罪者軍団を一人ぼっちにしますか?ソーリ、ソーリ、ソーリ」

 ベリーショートに髪を刈り上げた元グラビアアイドルの女性議員が、目じりをつりあげて総理大臣にかみついた。

 総理大臣は聞こえていないのか、あるいは聞こえないふりをしているのか、女性議員の意見に耳をかそうとしない。しかし、しばらくすると手をあげ、自らマイクに戻った。

「私は国民を置き去りにするつもりは毛頭ありません。それは、私も同じ日本の国民だからです。私も国民として、いや市町村民として同じ罰を受けましょう」

 そう言うと、今度は周りを見ずに席に戻った。会場からは大きな拍手が起きた。

「ソーリ、ソーリは何区に住んでるんですか?総理官邸は風水が悪いからと、住民票は移してらっしゃらないですよね」

 またベリーショートの女性議員が詰め寄った。総理大臣がその問いかけに応えることはなかった。

 しかし、すぐに総理は港南区に住んでいるということがわかった。しばらくして流れていた国会のテレビ中継で、総理大臣の腕のレッテルは無色だったからだ。犯罪者ゼロは港南区だけだった。腕章=レッテル、を付けた左腕はとても軽そうに見えた。

 犯罪者対策のための緊急事態宣言の内容はこうだ。犯罪が発生した場合は犯罪者が住民票を置いている市町村民が全員で罰を受ける。罰は刑罰ではなく、腕にまいた犯罪レッテルに色が付いたり、重くなったりする、というものだった。

 国民は全員「犯罪レッテル」という柔らかい軟鉄でできた腕章を腕に巻いた。腕章は電子化されていて、幾色ものLEDライトがついていて、光り輝く仕組みになっていた。軽犯罪は薄い水色、重罪は赤、というように犯罪の種類や罪の重さによって色が違っていた。

 レッテルは高性能で、 一つのレッテルで犯罪の数や種類によって、発行する色を二十五色分使い分けた。同じ市町村内で起きた犯罪の数だけ光る仕組みだった。
 だから、犯罪数や犯罪の種類が多い市町村の住民ほどきれいに光り輝くレッテルを貼っていた。レッテルには特殊なAIが組み込まれていて、光るだけでなく罪の重さだけ重みが増した。だから、犯罪が多い市町村のレッテルはとても重くなった。

 例えばこうだ。仮にその市町村に軽犯罪を犯した者が五人、重罪が五人いた場合、その市町村の住民の腕章=レッテルでは、薄い水色が五回、赤い色が五回点滅し、その分の重さが課される仕組みだ。一日中その色の組み合わせで点滅しては消えするので、傍目に見ても、その人の住んでいる市町村では軽犯罪を犯した人間が五人、重罪人が五人いるということが分かった。

 雄一郎も一時は三キロくらいになったレッテルを腕にまいて生活をしていた。もしレッテルを意図的にしろ忘れていたにしろ、二十四時間まかなかった場合は、重い刑罰が待っているということだったので、誰も外すものはいなかった。

 いや一度、江東区の四十代の会社員が意図的に外していたことがあったが、サイレンの音が鳴り響き、大騒ぎになった上に逮捕され、一年間の実刑判決を受けていたので、それがニュースになって以来外した者はいなかった。

 皆レッテルが重くなるのが嫌だったから、犯罪者を調べ、ネットでつるし上げたりした。そういったことが功を奏してか、レッテルの効果は徐々に出始めて、毎月どこかの区は無色、つまり犯罪がゼロになっていた。犯罪者も世論を恐れるのか、雄一郎は世論の恐ろしさをあらためて感じた。

 雄一郎は江東区に住んでいたが、レッテルはまあまあの輝きを放っていた。

「あら、北陽区は犯罪が減ったようね」

 いつものように、雄一郎が定食屋で唐揚げ定食を食べていると、目の前で店員のおばちゃんが客に話しかけていた。見ると、おばちゃんが話しかけていたのは、この前のサラリーマンだった。相変わらずスーツとシャツには折り紙のように折り目が付いている。

「いいえ、そうじゃないんです。実は港南区に引っ越したんですよ。住民票の住所が変わって得したのはこれくらいですね、引っ越しをするとレッテルも入れ替わるって気が付かなかったですね、港南区は北陽区より犯罪が少なくて楽ですね」

 男はうれしうに左腕をグルグルと回して見せた。

「そうかい、ずっと軽いといいね」

 おばちゃんは、色とりどりに輝くレッテルをまいた左腕を、重そうに右手で支えながらカウンターの中に戻っていった。今月は中央区の犯罪も多いからな。

 自宅に帰ってニュースを見ていると国会中継の様子が流れていた。今日の国会の様子のようだ。またベリーショートの女性議員が総理大臣にものすごい勢いでかみついていた。

「ソーリは何区に住んでるんですか」

「私が何区に住んでいようと関係ないでしょ」

 総理大臣は軽そうに左腕を振り回して自己主張していた。野球のピッチャーのように女性議員に左腕で何かを投げるポーズをとって席に戻っていった。会場がざわついた。明らかに女性議員を挑発する行為だった。

 総理大臣のレッテルは相変わらず無色だった。しかし、今月の港南区は犯罪が五件発生している。総理は港南区ではなかったのか?どこだろう、調べると今月は今のところ品川区だけが犯罪件数ゼロ件だった。そうだ、引っ越しをすると新しい区のレッテルに変わるんだった。定食屋での男の話が頭に浮かんだ。総理は引っ越したのか。

 女性議員は重そうに左腕を机に置いていた。たぶんあの輝きは渋谷区だな。渋谷区は北陽区と江東区の間位の輝き具合だ。

 次の日、会社に行くと尾崎さんが真っ青な顔をしていた。

「どうしたんですか」

 雄一郎が重い左腕を持ち上げて聞くと

「これを見てくれ」

 見ると、尾崎さんの左腕には二つのレッテルがまかれていた。とても重そうだ。

「どうしたんですか?二つも、珍しいですね」

「引っ越しをすると区が変わるから、新しい区のレッテルになるのは知ってるか?」

「知ってますよ、それがどうかしたんですか?」

犯罪レッテル 第3話へ続く

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