ウイルス殺傷キット 後編 (読了3分)
雄一郎にはもう一ヵ所行くところがあった。ウルトラバイオレット社だ。ウルトラバイオレット社は、カンク社に対抗してできた会社だ。後発ながらもネット広告などをうまく使い、マーケティングは成功していた。
入り口ではミストなどは浴びず、青紫に光る枠の中をくぐった。おそらくこれがキャロウィルスの殺菌作用を持っているのだろう、ということくらいはカンク社のできごとから想像できた。
研究所の中で、カンク社と同じように、気の強そうな女性から実験ルームに通された。この研究は気の強い女性しかできないのか、ここでも雄一郎はドSの匂いを感じていた。
「これはどういう仕組みなのでしょうか」
「自宅を出入りする際に、このわっかの下をくぐると、体に付着したキャロウィルスが殺菌されるという仕組みです」
「全てでしょうか」
「120パーセントです」
「120パーセント・・・ですか」
雄一郎はその意味はよく分からなかったが、ウィルスを殺傷する力があることはわかった。
「でも、まだ問題があって」
こちらも問題が。やはり、新しい技術には問題がつきものなのだ。
「ええ、紫外線ですから、あまり使いすぎると体に良くないんです」
「よくない?」
「ええ、体が紫外線を浴びすぎるとひどい日焼けみたいになって、ひどすぎる場合、表皮ガンを患う可能性があります」
「ガンですか、それはまずいですね解決方法はあるんでしょうか」
「ええ、そろそろできます、1回に使える量を減らすのです」
解決方法とはこうだ。玄関の上に発光体を付けるのだが、その発光体を使いすぎないようにエネルギーを往復30回分の量に設定するという。玄関を出入りする時だけだからそれで1ヵ月は持つだろう、ということだった。30回以上は発光しなくなるので、利用するにはまた新しい発光体を購入しなければならない。体のためには使いすぎないようにすることがポイントだということだった。
2社の取材を終えて、なんとなく収穫があったのかな、と思いながら雄一郎は帰宅した。
カンク社の匂いで殺菌する商品は「キャロ一臭」という名前で発売され、ウルトラバイオレット社の商品は「バイオレット光」という名前で発売された。もっともカンク社の問題の臭いは、スカンクのガスを使っているという噂が流れていた。そんな噂が流れても、どちらも未だワクチンがないウィルスに対抗する手段として、国民に高い評価を受けた。
しかし、1週間もせず、両方とも売り切れ状態になり、国民は不満を募らせた。心無い人が買いあさっていたようだった。このことは大きな問題になりテレビでは毎日話題に上がった。マスクが品切れになった時と同じくらいの騒ぎだ。
雄一郎が風呂から上がりテレビの電源を入れた。今日の国会の様子がニュースで流れていた。
「ソーリ、大丈夫ですか、バイオレット光がすぐに売り切れ状態になったそうじゃないですか、買いあさった人がいるということなんですが、手元にない人も大勢いる、これじゃマスクと同じじゃないですか。こんな状態で国民を守れるんですか、ソーリ、ソーリ、ソーリ」
やはり、すぐに品切れになったことが国会でも問題になっているみたいだ。
相変わらずベリーショートヘアの元グラビアアイドル議員が、目じりをつり上げ総理大臣に食いついていた。
今日の女性議員は顔色が良くないな、そう雄一郎が思っていると、総理大臣がマイクの前に立った。
「只今、2億個は生産できる体制を依頼しているところです」
総理大臣がきっぱりと言い切った。
「ソーリ、ソーリ、もしかしてバイオレット光を買いあさっていたのはソーリではないですか、自由奔放党の議員が買いあさっていたという噂もありますが」
女性議員が総理大臣に食いつく。
「いや、そういうあなたこそ、何か臭いますよ、一見民主党の議員がキャロ一臭を買いあさっていたという噂もありますよ」
大臣が反撃に転じたようだ。
テレビでアップになった女性議員の顔を見て、雄一郎はさらに驚いた。女性議員の顔色は黄色く変色し、体中から黄色い空気が漂っていたのだ、臭そうだ。会場の議員が全員手で鼻を覆った。ごほごほと咳をし始めるものもいた。もし、本当にスカンクのガスを使っているのなら、重症者が出てもおかしくない。
「これはキャロ一臭の臭いいじゃないですか、キャロ一臭を買いあさっていたのはあなたでしたね」
女性議員がまずい、という顔をして、顔を手で覆った。自分でも臭くて咳をしているようだ。しまいには自分が放つ臭いで、女性議員は気絶してしまった。白衣を着た医師らしき人達がどかどかと会場に入ってきて、女性議員をタンカに載せて運んで行った。
「独り占めして、欲を出すからこういうことになるんだ、ダメなんだよ使い過ぎは」
総理大臣が勝ち誇ったように声を上げた。
アップになった総理大臣の、真っ黒に日焼けした顔からうす皮が1枚はがれて落ちた。
ウィルス殺傷キット 了
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