見出し画像

遠望(3)

突然出てきた残留アメリカ兵の孫。
彼女の言ったことは真実なのか!
そこに居合わせたテレビ局はどう対応するのか?

遠望3
 大勢がざわつく中、彼女が去っていった場所に立ち、全員を見渡した。

「皆さん、少しだけ私の話しを聞いて下さい。私は群馬放送のディレクターで三宅と申します。まさかこんな展開になろうとはここの誰も思わなかったことと思います。しかし、今の彼女の話しが真実だとしますとこれはとてつもない大事件です。今のこの時代に第二次世界大戦時のアメリカ兵がこの山の中で生きていた。しかもなぜか孫までいると。六十数年間も隠れていたとなるとどうやって生きてきたのか?いや、そもそもさきほどの彼女の戸籍や、両親の戸籍はどうなっているのか?これは日本政府もアメリカ政府も確実に調査に入ります。私たちはその歴史的な大事件が展開する直前にいます。興奮するのは当然ですが、ここは冷静に彼女からの連絡を待ちましょう。彼女も言っていましたが早まってSNSに公開してしまうと彼女達ご家族の考える時間を奪ってしまうことになります。彼女から連絡が入りましたら我が社にて記者会見を行うことになると思います。ここにいらっしゃる皆さんには優先的に記者会見に参加出来るように致しますので、彼女から連絡が来るまでどうか我慢して下さい。我慢出来ずに発表された方は、記者会見への参加を拒否します。とにかく今一番気をつけなければいけないのはこれが真実なのか嘘なのかまだ何も分からないのですから。私たちは近藤さんが撮影した動画を見て興味半分にここへ来た。そこへ彼女が表れた。ただ、それだけです。なに一つ真実かどうかまだ分からないのです。それでも先ほどの彼女の西洋的な風貌と日本人離れした体格をみますとどなたも『あり得る話しかも』と思われたことでしょう。私もそうです。山を下りて先ほどの駐車場で連絡先を交換しましょう。彼女から連絡が入り次第皆さんに連絡します」
 私の提案に全員が納得して山を下りた。四人のアメリカ人の若者のうち二人は日本語が堪能だったので彼らも理解して連絡先を交換して帰っていった。
 蛇がうねるように続々と駐車場から降りていく車を見ながら、
「とてつもない大スクープの現場に居合わせてしまったなぁ。俺たちのような地方の小さな放送局にとっては、二度と無い世界的なニュースの発信基地になるぞ。加藤、彼女の言葉、振る舞い、撮ったよな?これから上層部の全員に見てもらうぞ。この大ニュースの一報はとにかく我が社から発信だ!」
 冷静に興奮している三宅の横顔を頼もしく見ながらカメラマンの加藤は、
「バッチリ撮ったさ。彼女のやや青みがかった強い目の光、均整のとれたスタイルに美貌、そしてなにより少女のようなあのアンバランスな声で『私は元アメリカ兵の孫よ』って。あれを聞いたときは、カメラを震わせないように撮ることの初心を思い出しながら廻していたんだ。急いで帰ろうぜ!早くみんなに見せたい!」
 その言葉にドライバーが乗り込み、三宅と加藤とアシスタントも飛び乗った。
「急ぎたくてもこの車列では県道に出るまでノロノロが続きます」
 と言うドライバーの言葉に、
「大丈夫。その間に社長から常務からとにかくお偉いさん全員に話すから」
 そういって三宅は電話で話しまくった。最初に直属の上司に話し、直後にかかってきた報道局長の質問に答え、副社長と話すまで四人と話した。
 三宅が話すのを聞きながら三人はこれからのことを想像すると武者震いが止まらなかった。
 最後の副社長と話し終えた三宅が、
「よし!準備は整った。後は我が群馬放送のお偉いさんを初め全社員が腰を抜かせてひっくり返るのを見るだけだ!」
 というと「イエ〜ィ!」と拳を突き上げて乾杯した。
 県道の思わぬ渋滞にひっかかり会社についたのは十九時過ぎだったが重役とほぼ全社員が待っていた。
「大会議室で皆さんお待ちです」
 玄関先で待っていたアシスタント・ディレクターの姫野江里は大まかな話しを聞いているのだろう、彼女の上気した顔は全社員の興奮を表しているのかもと三宅は思った。
 会議室にはスクリーンと音響機器が用意されていて、待っていた数人がカメラマンの加藤と映像を流す準備を始め、マイクを渡された三宅は今日の出来事を話し始めた。
「え〜っと、皆さん大まかなことはすでにお聞きかと思いますがとにかく映像を見てもらった方が良いので。とてつもないインパクトです。残留アメリカ兵が我社の後ろに見える山の中に六十九年間も住んでいたというのですから。しかも、その残留アメリカ兵には孫がいるのです。詳細は今日の段階ではまだ何も分かりません。これから本人達にインタビューして一つ一つ解明していかなければなりません。どのように暮らしてきて何を食べてきたのか。奥さんや子供とはどう過ごしてきたのか。それで、映像を流す前に皆さんにお願いがあります。これは大スクープですのでこのことは家族にも話さないで下さい。第一報を我が群馬放送が流すまでは絶対に口外しないようにお願いします」
 加藤がOKと合図を送ると、会議室の照明が消され映像がスクリーンに映し出された。
 撮ってきたばかりの編集を一切していない映像だが全員、息をのんで見つめていた。三宅の予想通り彼女の、
「そうよ!元アメリカ兵よ!そして私はその孫よ!」
 と、発言したときは唸り声が聞こえた。
映像が終わり、照明が戻ると大きな拍手が起きた。拍手がなりやむと社長が手を上げ、三宅はマイクを渡した。
 「三宅君、凄い瞬間に居合わせたね。それに君の冷静な判断はあの場にいた大勢の人たちも落ち着かせたと思うよ。素晴らしい対応だった。ただね、もし彼女から連絡が来なかったらどうするかね?」
 姫野江里が三宅にもう一台のマイクを渡した。
「連絡は来ると思います。そうしなければかえって混乱する事になると彼女は理解していましたから。万が一連絡が無ければ、二〜三日と言っていましたので三日待っても連絡がなければ会いに行ってきます。これは明日にでも始めようと思っていますがあの山の所有者を探します。法務局で登記簿を見ればすぐに分かると思いますので、連絡が来なかった場合に備えて準備はしておきます」
 副社長からは、記者会見の大手メディアへの連絡や特別チームを作るように指示があり、最後にもう一度口外しないように、特にこの後飲み屋での会話に気をつけるようにと強く指示があり、会議は終わった。
 三宅と加藤は何人もの同僚から肩を叩かれ、飲みに誘われその都度、
「興奮して大きな声で喋るなよ」
 と、一人一人にくぎをさした。
 編成局長から個室のある料理屋を予約していると誘われ、
「僕と加藤以外にも二〜三人連れて行っても良いですか?」
と、話し了承を得て直属の上司に声をかけた。
「一週間後の我が社はどうなっているんだろうなぁ。想像するとゾクゾクしてくるよ。三宅、今日は美味いビールが飲めるぞ」
 酒好きだが面倒見が良く、熱血過ぎる大筒はその名の通り出っ張ったお腹をさすりながら、すでに赤い顔をしていて三宅は笑った。

1月22日(
遠望4)に続く。初めから読みたい方は遠望1へ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?