自己紹介しない自由と名刺の話
ビジネス系のセミナーに行くと、初めの時間とか休憩中に「ご挨拶させてください」と、バタバタとあちこちで名刺交換が、始まる。
私の前職は「あー、〇〇さん(社名)ですかー、〇〇やってる方知り合いにいますよ」とか言われたりしたけど、うちの部門のフロアだけで、200人ぐらいいるわけで、隣の列の人たちも何してるのかわからない。事業部やら本社組織だけでもビルが何棟も立ってるわけで、その中でたった一人の名前を挙げられてもわからない。
「そーですかー」とニコニコすることになる。
「いい会社ですよねー」とか言われたり「ほー、マーケティング部門ですかー」と言われたり社名とか肩書きとかって、相手を固定してしまいそうでなんだかなぁ、、、と思う。
自己紹介も苦手で、名刺交換も苦手。
エレベータートークとか、1分で相手に印象を持ってもらうには、とかあるけど、なんか苦手。
そうそう「自己アピール」が苦手なんだ。
なるべく介入せず、そーっといたい。
そんなわけで、名刺を持たずに個人事業主になって3年が経ってしまった。
社会人として、名刺を持っているべし、が本当なのかな?と思ったりする。大抵の人はその人じゃなくて、渡された名刺から情報を読み取ろうとする。
共通な話題を探したり、どこかで一緒な部分を探そうとして納得して、「おりたたむ」ように相手を理解したとする。
関係性が続かないなら、私という存在がなくてもいいんじゃないかと思っちゃって、なるべく静かにいたいなぁと思うんだ。
ここ数年はSNSの交換をしている。その方が相手のことをよく知ることが出来るし、相手にも知ってもらえる。どういう人なのか、受け止めるのは相手の自由であって、自分から言わなくていいなぁと思う。
5月に、西村佳哲さんのワークショップのzoom説明会があった。
最初に、と、ポツポツ語り出した言葉で「自己紹介をしなくていい自由」を持ちたい、と言われる。
それにズキューンときた。インタビューのワークショップというものだったから、固定観念で相手を見ないで新鮮に「きく」ことに集中するためだったと思うけど、
まったくもってはじめましての20代からの人たちと4泊5日過ごすワークショップの中で、何してる人なのか年齢も家族構成も知らずに過ごすのは、なんともよかった。
アウェイの環境で、フラットな関係性で、自分のコンフォートゾーンを抜けて出会う人たち。名刺交換しなくていい人たちとの関係性は、なんだか心地よかった。
そういえば名刺のない関係性の人が多くなっている。
すごく仲良いけど、何してるのか知らない人がいっぱいいる。
コロナの間は、いろんな場所でそういう関係性の人たちと過ごすことが多かった。
学びも旅も、その人そのものと付き合いたいし、カッコつけてるとバレちゃう。すっぴんでいられる関係性がすきだ。
「すっぴんを晒すなんて!!」と思って美容業界で生きてきたけど、目やにつけて朝起きて「おはよー」って(二日酔いで、すごいむくんで不細工な顔で起きるのもなんてことなくなった)味噌汁をすする時、しあわせだ〜としみじみする。
わたしは、こんな人です、というのが苦手なんだな。勝手に受け止めてください、というのもわがままな気がするけど。
とはいえ、今年は名刺をつくろうかと思ってる。
それがお守りになったり祈りになったりするようなもの。
火打石みたいな、よーし、がんばるぞーって、応援になるみたいな、そういうものをデザインしたい。
慈しみとエネルギーのこもったものをつくりたい。
肩書きじゃなくて、そういう目的でつくることそのものが、私らしいと思うから。
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