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豊沃と繁栄そして防御|ショートショート

オリビアが以前から杞憂きゆうしていたのは、雨雲や雹のことだけではなかった。

先祖代々続くコックス家の大麦畑を守り、育てることや、三人の娘たちの進学先から、庭のバラの手入れをおこなう庭師の働きぶりまで、すべてを心配し続けているのだった。

大きな家業に加えて屋敷の管理、娘たちの教育まで一個人が行うには規模が大きすぎるとは思っていたが、ここまですべて一人で管理することになろうとは思わなかった。

夫は良くも悪くも職人気質で、大麦を愛し大麦を育てることを生きがいとしている人間である。良質の肥料や惜しみなく与える水がどれほどの金額になるかなんてことは頭の片隅にもないだろう。

子どもたちには優しく良い父であることは違いないが、教育に関することは丸投げで、たとえばどのような習い事をするとに行くと子どもたちの将来にプラスに働くかなど「君のいいようにやればいい」などと丸投げにしておきながら、自分は理解者のようなふりをしてくる。

だからオリビアは、大きな歯車を一人手動で回すような日々を送っていた。

そんなオリビアがすがる想いで心のよりどころを求めた先はカメだった。

子どものころ、母に連れられて行ったオーストラリアのバイロンベイは、南国ならではの陽気なリズムとねっとりとした夜の空気が心地よく、行き場のなくなっていた心がほぐれたことを覚えている。

農家という家業の宿命で家族そろって旅に出る機会は少なく、バイロンへの旅行は、父がいなくて少しリラックスした母と私の女二人旅であった。

母と私は、太陽が沈むと同時に寝床に入り、日がのぼるより少し前にベッドを抜け出して早朝労働者向けに5時から開いている無骨なカフェで、ふわっふわのスクランブルエッグと、硬めのパンのトースト、ぶ厚いベーコンと、こしょうがたっぷりかかったベイクドトマトを食べた。

早朝のカフェはお客さんの出入りが激しく、せわしないのだけれど、せっかちな私たちもその波にのってばくばくとたいらげて、それから海へ向かう。

「明日はいるかも。」そう、母が言い出したのは二日目くらいの夜だと思う。

バイロンでは、シュノーケリングでもウミガメと出会えるらしく、私たちが海へ向かう大きな目的となった。

母と私のオーストラリア旅行は12日ほどでそのうち二度、海の中と、砂浜でウミガメと遭遇することができた。

圧倒的な大きさ、長く生きてきたその様子を刻む甲羅や前肢は、海がはかり知れないものだと語っていた。

私は見るたびに表情を変えるカメの魅力にすっかり憑りつかれてしまっていた。

「かあさん、もういいかい?」
息子の声が聞こえる。

「今ウミガメの夢を見ていたの。ほら、前に話したでしょう。おばあちゃんと行ったバイロンの。」

「うん、かあさん。僕たちに譲ってくれたカメのネックレスを買った場所だね。さあ、もう少しお休み。僕たちはここで見守っているよ。」

今、オリビアは彼女が愛したウミガメの加護を受け、硬いきずなの中で沢山の子ども達に囲まれ、111年の幕を閉じた。


【あとがき】
小さなてのひら事典「幸運を呼ぶもの」の中から、1つのラッキーチャームを選んでそれをテーマに書きました。

今回は「カメ~turtle~」
卵を沢山産んで、硬い殻、長生きと三拍子そろったラッキーモチーフとして愛されているそうです。

なにも考えずにかいたから前半と後半でちょっとちぐはぐな印象だけど、オーストラリアの朝ごはんを調べていて出てきた、ベイクドトマトは食べてみたいと思った。
たべもののことを描写するのってほんとすき。(くいしんぼう)

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