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会員制の粉雪|毎週ショートショートnote

「愚図愚図してるんじゃないよ。どんなに嫌がったってここからは逃げられないんだ」

若い頃はさぞ美しかったことだろう。
ぐるりと大きな目をした女将、牡丹ぼたんの顔には苦しい日々が深く刻まれ、いまはもうその面影はない。

大雪が続き店の前は、よけきれない白い塊で埋まりかけていた。とにかくこの雪をけなければ、店が開けられない。足駄あしだの上まで埋まりそうな雪を掻くよう小僧に言いつけたが手足がすっかりかじかんで、まったく動けなくなってしまった。その怒りを今日入ってきた娘にぶつけていたのだ。

私が若いころはこんなことで根をあげることはなかった。

牡丹は自分の人生を悔いてはいない。できるところでできるだけやったからこうして女将にもなれた。今の若い者は、努力が足りないのだ。だから私が努力できる試練を与えてやる。

牡丹は相手のためという名目で、厳しい言葉や冷たい態度を正当化していた。

深い雪を掻きわけながら馬で店の前を通るのは、会員の左衛門さえもんだ。

「さえさん、今日はよっていかないのかい。新しい子もいるんだよ」

牡丹の精一杯の猫かぶりは、見ていて気持ちのよいものではないが、本人はかわいらしいと思っているようで、だれも止められない。

「今日はやめとくよ。こう雪が多くちゃ、帰りもあぶない」

牡丹は苦々しい気持ちを押し殺しながら、取り繕った笑顔で左衛門さえもんを見送った。どうせ今日は、新入りの準備をしなければならない。あんな幽霊会員にかまっている暇はない。

夜にやってくる常連会員へのお披露目へ向けて、やることは沢山ある。

「あの愚図はどこいった。馬鹿みたいに泣くのはおよし」
新入りの娘は、もう泣いてはいなかった。しっかりこちらを見つめる目の奥は怒りに光っていた。
これはこれで腹が立つと牡丹は鼻を鳴らし、後をついてくるよう怒鳴りつけた。

お春は、目の前にあるものすべてが信じられなかった。たっぷり湯を張った風呂が家の中にある。

ぜいたくに檜で作られた大きな風呂に入れられて体を清められた。
真新しい真っ白な着物を着せられ、お化粧を施された。
指の先まで、美しく着飾った自分を鏡で見た時は、自分が誰なのかもわからなかった。
目の前にいる怖い顔をした女はずっと怒鳴っている。
自分がなぜどうやってここに来たのかもわからない。
ただもう泣いても意味がないことは解った。

「あんたの名前は“粉雪こなゆき”だ。この忌々しい雪の名前をつけてやる」

格子も外れかけ、襖もボロボロの奥の部屋に座らされた粉雪こなゆきは、ぼうっと窓の外を見た。
ぼたぼたと重い雪が道を塞いでいる。履物なんてない。誰も助けにはこない。

お春は再び鏡をみる。
そこにお春はいない。

強い怒りをたたえ、美しいまなこを凛と見開いた、粉雪こなゆきと目があう。

部屋にある使えそうなものを全て風呂敷に包むと、粉雪こなゆきは、窓から飛び出した。


【あとがき】

今週もたらはかにさんの #毎週ショートショートnote に参加させていただきます。

粉雪の反対は、なんだろ~と調べてみると、牡丹雪ぼたんゆきだそうです。“ぼたゆき”ともいうそう。
昨日降っていた雪はまさに“ぼたゆき”で、除雪するのが大変だな、ということを思いながら書きました。

#会員制の粉雪 この言葉を聞いてすぐに見えたのが、吉原にいる女の子だったので、なんとなく江戸時代っぽい設定にしたのだけど伝わるかな?

源氏名の粉雪こなゆきと名付けられたら、別人になれて、囲いから飛び出す勇気がでたよという話です。書きながらこの子は大丈夫だろうか、と心配していたので、逃げ出せてよかった。

昨日久しぶりにハリポタの最初の最初の始まりはどんなんだっけ?と立ち読みしてみたら、ダーズリー一家の説明から入っていて、え?魔法なのに、なにこの人たち?なんなの?っと気になって気になってどんどん読み進めてしまった。本を読むのってこの没入感がたまらないんだよなあ!

ハリポタ、もう一度読み直したいけど、読み始めたら止まらないだろうから危険、そう簡単に手を出してはいけない。

どんどん気にならせるってこうゆうことか!とヤな奴の詳細からスタートするってゆうところをまねっこしてみました。

前の週のお題で書いたものはこちら↓


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