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まずは「まちのひかり」から

2020年8月、東京江東区の「深川江戸資料館」で写真展を行いました。

「まちのひかり 深川1980/2020」というものです。

5月の実施だったのですが、延期となっていました。

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1980年代のモノクロとカラーは「深川日和下駄」というシリーズ、

初の映画監督作品「小名木川物語」からの写真、

30数年ぶりに地元のタウン誌「深川」に連載中の「日々の叙景」という構成。

幅広いみなさんにご覧いただけました。


私は1952年、深川の端っこの町「高橋」で生まれました。労働者の皆さんが多く暮らす、エネルギッシュで明け透けのない町でした。

ここでの原風景が私を写真家に誘ったといっていいと思います。下の写真は1967年頃、町にやってきた飴細工屋さんです。私はまだ中学生でした。

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東京の町にも「ふるさと」があるとしたら、間違いなく私はこの町がそうです。

「戦後」から「高度成長期」へと向かう時代。貧しいが心の豊かさはありました。

いつかまた、そんな時代の写真や話をゆっくりさせていただきますので。

さて、、、、、、、

今回の写真展でのキャプションからここに少し掲載させてください。

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特別みんながカメラを向けるというものではないが、
昔からずっとそこにあったり、見慣れているモノ。
あるいは商店街や町角の片隅の風景がある。
それらは平凡だが輝き続けてきたことをちょっと思い返すといい。
「まちのひかり」とはそんなささやかな「誇り」なのだ。
世界遺産ではないが「町遺産」。
それでいいのではないか。
そして、昭和を生き抜いた父や母もそこにいたことを静かに思いたい。

コロナ禍の今、日本も世界もたいへんな時代をむかえてしまったが、
人は町とともにこの先もずっと歩んでいくはず。
ささやかな「灯り」を胸に抱いて。
それを「希望」と呼んで恥ずかしくはない。

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いやいや、、、、やはり恥ずかしい文章ですが、今回の写真展のテーマでもあり、大事な私の写真活動の核でもあります。

町や人に寄り添って写真を撮るということは、実のところあまり派手なカメラマンライフでもありませんが、年輪のようになにがしかの「輪」が広がっていくのがうれしいところです。

まだ不慣れなnoteでは、厚い単行本でも一冊書くように、ゆっくり楽しみながら時おり記事を書かせていただくつもりです。どうぞよろしくお願いいたします。

(参考までに 私のWebサイトをリンクさせていただきます。)

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古くから様々な読者に支持されてきた「アサヒカメラ」も2020年休刊となり、カメラ(機材)はともかくとして、写真にまつわる話を書ける媒体が少なくなっています。写真は面白いですし、いいものです。撮る側として、あるいは見る側にもまわり、写真を考えていきたいと思っています。