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銀の鈴の前で(10)

それからはおしゃべりしているとあっという間で気がつくと、東京に着いたことを告げるアナウンスが始まって、走る山手線が見えた。ああ、帰ってきたんだ、今日はいろいろなことがあった。長い一日だったと思った。もう真っ暗だったけど、東京の街はネオンが輝いていて、山手線の駅だけはこうこうと光っていた。有楽町を過ぎて。新幹線は東京駅に滑り込んだ。
今朝会った時の、銀の鈴の前で、今日は別れることにした。秀はちょっと寄るところがあるらしかった。私は明日からのことを考えて、急いで家に帰ることにした。銀の鈴の前で抱きしめられた。「恥ずかしいからやめてよね」というと、秀はいたずらっぽく笑って、離れた。「電話待ってるね」と言って、二人は逆方向に歩き出した。今日母も旅行から帰ってくるはずだったし。携帯を見ると、母からのメールと着信があった。母からのメールに気を取られ、後ろを振り返ることもなく、秀と離れていった。
それから、3日たっても秀から電話がかかってくることはなかった。
 長い、長い3日だった。向こうから連絡が来るのを待とう、そう思ってずっと待っていた。1日目が過ぎ、2日目が過ぎ、3日目が来た。この3日間、携帯を肌身離さず持っていた。お風呂に入る時も、脱衣場に置いて、かかってきたらすぐに出られるようにしていた。バイトの間も、ランニング中もいつも持ち歩いていた。でも待てども待てども電話はかかってこなかった。3か日目もとうとう過ぎた。明日はバイトで必ず会うから、その時が少し怖いような心持ちになった。秀を信じていたし、連絡できないのは何か理由があると自分に言いきかせた。彼女と別れられない状況なのかもしれない。待つのはつらかった。でも、明日会える、必ず会える、秀を信じよう、そう思って、携帯を握りしめたまま眠っていて、気がついたら朝だった。

銀の鈴の前で(10)

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