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別人(27)

 しかし、よく見ると、男性は秀よりはいくらか年上な様子で、背も少し高いかもしれない。奈津に「あの人秀にそっくりなんだけど、どうしよう」と言うと、「マヤのいつも言っているあの秀?でも、どう考えても別人でしょ?まさか本人がいるわけないものね、落ち着きな」と言われた。現地のスタッフがその人を私たちに紹介してくれた。彼は、佐竹と名乗った。診察の手を止めて、一人一人と握手をしてくれた。少し動揺した内心を押し隠した私の手を取って、佐竹さんはにっこりほほ笑んだ。私はあいまいな表情で、「よろしくお願いします」としか言えなかった。握られた手の感触が懐かしいような気さえしてしまった。佐山秀、佐竹、名字まで似ている。この1年抑えつけていた記憶がよみがえり、頭の中でぐるぐる回った。
 あいさつが終わると、男性看護師の青山さんと佐竹さんが注射をするときに、子供たちが注射を嫌がって泣くので、しっかり動かないように腕や体を抱き抱えた。子どもも現地の人も子犬のようなにおいがした。きのう日本から届いた伝染病の予防接種を今日から打っているため、朝からてんてこ舞いだったらしい。私たちが来るまで青山さんは補助をしていたが、私たちが子供を押さえる役になり、彼自身もどんどんと注射を打ち始めた。二人はお昼を食べてもいないとのことだった。交替で、私たちが持ってきた栄養補助食品をかじって、スポーツドリンクを飲むと、少し元気を取り戻したようで、また、作業を始めた。現地語で「痛いのは一瞬だからね」「大丈夫」というようなことを言っているらしい。予防接種は、明日も続く。その間にも、具合が悪くて、やってくる人もいるので、その診察も佐竹さんはこなしていた。注射などの医療行為ができない自分たちがもどかしかった。
佐竹さんの補助をしていてすぐわかったが、彼の左手の薬指には銀色に輝く指輪がはめられていた。奈津も気づいたようで、「あの人はだめだよ。結婚しているみたいだね」とささやいてきた。自分の中にほっと灯った明かりが、また、ふっと消えてしまうような、そんな心持ちがしたが、秀のことがよみがえっているから、佐竹さんにひかれているのだろうなと頭では理解した。

別人(27)

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