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いさかい(44)

 「心に決めた子がいるから、香奈子とは別れるって兄貴に言ったよな。すまないって」「秀、お前が香奈子と付き合うとき、俺聞いたよな?ずっと香奈子のことを大事にするんだったら任せるよって言ったよな」と兄の優(ゆう)が言った。高校を卒業する年、優はそれまでずっと隠していた気持ちを幼馴染の香奈子に告白したのだが、香奈子の答えは、わたしは秀が好きだから優とはお付き合い出来ないというものだった。そのため、兄は気持ちを押し殺して、秀と香奈子が付き合うように立ち居振る舞った。秀自身は、幼馴染としてしか香奈子を見ていなかったけど、周囲の熱意に動かされて付き合うことになったのだ。「兄貴には悪いけど、運命の人は香奈子じゃなくて、俺にはその子しかいないってぴんってきたんだ。これは絶対変わらないと思う」「俺とした約束、香奈子を大事にするって約束はどうなるんだよ」と優は怒ったが、結局は望んでない恋愛、どちらかの気持ちが薄い場合は壊れてしまうものなんだなと、秀は痛感した。秀が記憶を失っている間、その出来事をなかったことにしてずっと付き合っているのは香奈子だと、香奈子のために芝居を続けた兄も不憫だった。優とまたしても殴り合いになってしまったが、ただならぬ気配に驚いて2階の兄弟の部屋に母が上がってきた。「どうしたの、ふたりとも、怖い顔しちゃって」。ふたりとも声を揃えて、「何でもない」と言った。「何にもないわけがないでしょう、程々にしてよね。ご近所さんにも聞こえる声の大きさだったわよ」母が去ってから、「俺はあした香奈子にもう一度別れると伝える」と秀は宣言した。

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