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想い人の卒業①

推しが卒業を発表した。

と言ってもこれは別に初めての経験ではない。何度も経験したことではあるので「ああ、ついにこの時が来たか」程度の衝撃ではある。
しかし今回は少し違う。なんせ

「ガチ恋の推しアイドルの卒業発表」

なのだから。

それは少し肌寒く、やけに数字の1が並んでいる日だった。この一報を知るまではいつもの日常、むしろ順調に事が進んでいる日常だった。
「休憩行ってきまーす」
仕事も一段落し休憩に入る。
「さて、飯でも食うか」
弁当とスマホを開き、それからも飽きるほど知っているいつもの日常が続く予定だった。いつものように休憩を終え、残りの勤務時間を乗り越え、退勤後に煙草を吸い帰宅、風呂ご飯を終えてストレス解消を兼ねてギターをかき鳴らし寝る、いつものよく知っている日常。しかしその均衡は破られる。
呟きアプリを開いた途端やけに騒がしい。そして流れてくる誰かの「びっくりしたけど心を落ち着かせよう」の文字。そして推しのブログ更新。

なんとなく察しがついた。卒業だ。

正直あまり驚きはしなかった。なんせここ最近は後輩とよく絡んでいたし個人の仕事があまりにも多い。さらに誕生日に放映されたドラマで俳優とキスもしていて、予期せぬ誕生日プレゼントの方が驚いていたからだ。
しかしオタクとしてとりあえず反応はしておかないといけないと思い、誰も見ていないネットの海に言葉を呟く。「卒業コンサート行かないとなあ」「これでオタ卒かな」と。

ここで開いた弁当に気がつき食べ進めながらネットの海を泳ぐのだが、「もう何もできない」「涙出てくる」「仕事早退した」など波に飲まれた言葉達が浮かんでくる。ここで泳ぎ続けている自分に酔いしれ「最近の彼女を見ていればなんとなく察しはつくことない?」「卒業して個人の仕事の方が喜び多いしそんな落ち込まんでも」と空気の入ってない浮き輪を彼らに投げ込む。

前述の通りだが後輩との絡み、個人仕事から推測もできるのだが、それ以上に確信があった。「自分が彼女なら現状にこう感じる」ガチ恋オタクならではのキモい思考回路である。
彼女をよく観察していたからか、思考の方向が似ている節はしばしばあった。「今のグループの現状に満足していないんだろうな」「個人で色んな仕事してみたいんだろうな」など、小説の主人公に感情移入するように考えてしまうのだ。実際に人生の主人公ではあるのだが。今となっては大した戯言である。

そんなこんなで酔いしれながら頭を使っていると仕事に戻る時間となった。「まあいいや、大人だしやることやらんとな」頭のクローゼットに無理矢理押し込み扉を閉める。
だが身体というのは正直で、いつもならしない小さなミスが確認できた。しかも余計なことを考えそうになるので、頭を無にして就業時間まで走り続けた。

退勤後は逃げるように職場を離れ、煙草に火を付け吹かしながら考えてみる。
「自分は何をそんなに焦っているのだろう」と。

…「卒業後に自分とするはずであった恋愛を他人とすること」だ。


続く(かも)

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