エゴで天使なわたげさんぽ
わたげで花束を作る息子の横で、あれこれ考えたある日のおさんぽ。
***
長男の春休みが終わって、次男あっちゃんと二人だけの散歩が復活した。
春休み中はいつも長男が中心。慌ただしくストレスが多かった。
「かーちゃん、あっちゃん、はーやーくー!!こっちきてっ!」
好きな方向に走っては、威張って呼びつける長男ちの4歳。
「あっちゃん、 にーちゃんがあっち行っちゃったから、一緒に追いかけよっか」
優しく言ってみるが「そんなの知らん、まだここにオレはいたいんだ」とばかりに暴れる次男。
もうすぐ2歳の彼はしっかりとイヤイヤ期に突入した。
それを問答無用で脇に抱えては移動する。
イキのいい11キロのコイキング。
抱っこだとメガネやマスクをむしり取られ投げ捨てられるので、イヤイヤ期の子は小粋に小脇に抱えるべし。
「かーちゃん!ちゃんと見ててっ!見ててよっ!見てって言ってるでしょっ!」
次男だけに関わっていると、長男はすぐキレる。
「はいはい、見てるよ」と長男を見ていると、次男がすぐ危険なことをする。
すべりだいの逆走を覚えて、どんどん上がっていく次男。
そのまますぐに滑ってくれればいいのに、頂上ではしゃいで降りてこない。
それどころか木の壁板をよじ登り、下を覗こうとする。
「ギャァぁぁああぁあぁ!あっちゃん!だめっ!
やめてっ!落ちるっ!」
名前を呼ばれ、やめるどころかより下を覗こうと身を乗り出す次男。
慌てて私もすべりだいを逆走し、無事確保。
……怖かった。
この歳で、すべりだい逆走することになるとは。
***
そんなわけで、春休み中のお散歩は毎回大変だった。
が、あっちゃんと二人での散歩のなんとのどかなことか。
あっちゃんの好きな場所に行き、好きな場所で立ち止まる。
好きなだけそこにいればいい。
子供ひとりだとなんとシンプルで簡単なんだろう。
あっちゃん自身も心なしか穏やかだ。
春休み中ストレスがあったのは、私だけじゃなかったのかも。
公園の藤棚は紫の八重でとても綺麗。
抱っこして次男に見せた。
花を見ると喜んで「はにゃ」と言って指差すのだけれど、反応がない。
気づいてないのかな。
「ぶどうみたいだね」
ってちのに早く見せたい。いないと恋しくなる。
***
あっちゃんはいつもはらっぱの同じ場所にしゃがみ込む。
以前にーちゃんがてんとう虫を見つけた場所。
にーちゃんのマネをしたい欲が、常に彼を突き動かす。
一緒にしゃがんでてんとう虫を探す。
カラスノエンドウにびっしりとついたアブラムシがすごい。細い茎がそこだけ何倍にも膨れている。ゾッとしつつ見てしまう春の風物詩。
「あった!いたぁ!これぇ!」
てんとう虫を見つけると大喜びで指差し、手のひらに乗せろと言ってくる。
乗せてあげると毎度毎度、よだれが垂れるほど真剣に見つめる。
指先まで登りつめ、パッと飛び立つてんとう虫。何度見ても新鮮に驚く。
地面にころんとひっくり返って死んだふりをしているてんとう虫を、あっちゃんはつまもうと必死だ。よだれがぽたり。そこだけ地面が濃くなる。
真剣なあっちゃんの横で、私はスマホでマンガを読む。
10代の頃に読んでいた懐かしのマンガ。
てんとう虫に飽きるまでの束の間、「母」から「自分」に戻る。
どこかのおばあちゃんがにこにこ歩いてきたので、私はスマホをサッとしまう。
良きお母さんモードにチェンジ。
「こんにちは!いい天気ですね」
「こんにちは、ほんとにねぇ。ぼく、ママとお散歩いいわねぇ」
おばあちゃんはてんとう虫をつついているあっちゃんを微笑ましげに見ると、ゆっくり去っていった。
「ばいばぁい」
てんとう虫から目を離さずにあっちゃんはバイバイを言う。「こんにちは」は何度教えても言わないけれど「バイバイ」をするのは大好きだ。
さよならだけが人生さ。
しかし残念、おばあちゃんには聞こえなかったみたい。
「見知らぬ人に、息子のあどけない姿で幸せを感じてほしい」というおこがましい気持ちがある。かなり根強いこの気持ち、なんなんだろう。ずっとある。
去ったのを見届けて、またすぐにスマホを出す。少し罪悪感。
いい母親だと思われたくて、ついスマホを隠す卑しさ。
ああださいなぁ、自分。
「あれ〜? ねんね、ねんね!」
と言いながら、あっちゃんは動かないてんとう虫を差し出した。
力の加減がわからない彼は時々てんとう虫を殺めてしまう。
分かっていたけど好きにさせていた。
寝ているわけではないてんとう虫を受けとり、そっと地面に置く。
この数分のゆとりは、てんとう虫の命でできていた。
***
それにくらべ、わたげ集めはおだやか。
にーちゃんがいると、先に全部採られてしまい泣くことになるが、ひとりなので好きなだけ集められる。
一生懸命引っ張りすぎて、ぽてっと尻もち。でも動じない子
少し前までは貴重だったわたげが、今や至るところにある。
手持ちが切れると癇癪を起こすわたげ中毒の次男にも、もう吹ききれない量のわたげ。
綺麗な丸いわたげだけではなく、少しでもわたげが残っていたら確実に採っていく。
わたげ駆除作業員になれるじゃん、と架空の職業に息子の適性を見出したが、一瞬で断念。
集めたわたげをまき散らすんだから、全然駆除できていなかった。
あと少しで全て旅立つわたげ
わたげを飛ばしきったタンポポは侘しい。
種たちの居た跡を刻んだ禿げ頭。
握られてぐんにゃりと潰れた茎。
突然価値のないものとして道端に捨てられる。
新しい命が飛んでいくのをただ見送る。
自分の傍から去ってもらうため、種に羽を授けた。
「あった!あれぇ!」
どれだけ集めても、新しいわたげを見つけるたび、あっちゃんは喜ぶ。
飽きずに喜べるってすごい。
吹いてわたげを飛ばすことよりも、集めることが好きらしい。
ぶんぶん振り回して雑にわたげを飛ばす。
それでも飛ばないものは手でわしゃっと掴みとる。
わたげの供給が多すぎて、明らかに雑になっている。
わたげが珍しかったころは、一本のわたげを大切に楽しんだのに。
それでもわたげが残っているものを捨てるのはポリシーに反するようだ。
小さな手に持ちきれなくなってきた。
「あい、これ! えご!」
握りしめたわたげをすべて、私に渡してくれた。大好きなわたげをくれたのは初めてだ。
「わぁ、あっちゃんくれるの? ありがとー!
えご、いっぱい採れたね」
次男は何故かわたげを「えご」と呼ぶ。
エゴにまみれた自分はその響きにハッとなる。
もらったわたげをたんぽぽでまとめてみた
わたげの花束って、売ってないなぁとふと思う。ふわふわと白く輝いてとっても綺麗なのに。
まあ、すぐ吹き飛んでしまうから、売り物にならないか。
ああでも花嫁さんが持っていたら素敵。
誰かひとりへのブーケトスの代わりに、わたげがみんなに降り注ぐの。
***
わたげ集めに熱中しているあっちゃんを横目で見ながら、またスマホをいじる。
今日の散歩の写真を何枚か、遠方に住む母にラインで送った。
スマホがなかったら、どれだけ孤独だっただろう。会えなくても繋がっていられるありがたさ。
でもスマホに依存しすぎているのも分かっている。分かっていながら抜け出せない。
陽射しはあたたかで、風は心地よくて、空が青い。
白や黄色のチョウがあちこちでひらひらしていて次男を喜ばす。
「わぁぁ! ちょちょ!」と叫ぶ声が可愛い。
新芽が、花が、わたげが、あちこちで惜しげもなく光っている。
最高の春の一日。
***
母からラインが返ってきた。
後から、きっと、必ず、あの頃が一番豊かだったと気づくよ
あなたを一番必要とされた日々を
思い切り味わっておいてね
思いがけないメッセージに鼻の奥がツンとした。
ああ、本当にそうなんだろうな…。
そうなんだろうな…。
頭では分かるんだけど…。
だけど、それでも私は、うまく幸せを味わえない。
いつもどこか焦っている。疲れている。何かが足りない。不安がある。不満がある。
今だって、
早く帰りたい。帰り道ぐずらないでほしい。すぐ昼寝してほしい。ひとりになりたい。時間がほしい。いい文が書きたい。社会に出たい。認められたい。
ちっぽけなエゴがたくさん渦巻いている。
元気で可愛いちびたちがいて、口うるさいけどだんなもいいやつで、日々の暮らしに困ることもなく過ごせているのに。
今、この時この場所を楽しめぬまま、私はずっと生きていくのだろうか。
過去を懐かしみ、未来を焦がれるばかりで。
「かーちゃん、こっち!」
あっちゃんに手を引かれて遊具を登る。落ちないよう緊張して見守る。
何か起きてしまってからでは遅い。
あっちゃんの柔らかい髪にわたげがくっついて光っていた。天使の羽みたい。
本人は気づいていない。
綺麗なのでそのままにしておこう。
そういえば、長男ちのが一歳後半の春、やっぱりわたげまみれになっていたな。
今の次男より小さくて、わたげの吹き方もへたっぴだった。
タコみたいに口を尖らせて、本人は吹いたつもりになっていた。
でもわたげを口に近づけすぎるし、吹かずに吸ってしまう。唇にわたげがぽわぽわ張り付いた。
それで毎回ぐずっていたな。
あああ、ちの、可愛かったな。
あのちのはもういない。
今や4歳の活発でおしゃべりな男の子になってしまった。
わたげが口に張り付くことなんてない。
半径2メートル以上私から離れられなかった甘えん坊が、しっかり幼稚園に通っている。
あっちゃんだって来年の春にはもう、わたげを「えご」とは呼ばないだろう。
今だけの特別を、子供との蜜月を、後で悔いることなく味わなくては。
私はスマホをポケットにしまった。
またすぐ出してしまうだろうけど。
***
心地よい春の公園。
わたげを天使の羽のように光らせて、いつも何かに夢中な息子。
そのすぐそばで所在なく佇む私。
エゴの花束を握りしめて。
いつか走馬灯を見る時がきたら、今日の景色を見られたらいいな。
満ち足りれない残念な私だけど、ずっと幸せだったんだと後から実感できたらいいな。
帰り道、そんなことを思った。
11キロのコイキングを小粋に小脇に抱えながら。
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