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ふ菓子のふーちゃんを泣きながらむさぼり川を渡った毎日【母乳過多で乳しぶきな日々】

「悪い乳で子供が可哀想」と言われ、厳しい食事制限をしていたが、甘いものに飢えて飢えて、ふ菓子ならセーフと思い込み、家まで待ちきれずにむさぼっては罪悪感で泣いていた話。


季節は冬のはじまり。
河原は枯れた芝で覆われ、空も川も灰色だった。
北風に逆らってベビーカーを押し、100メートルほどの橋を毎日渡った。行きはせかせかと、帰りはふ菓子を口に押し込んでちょっと泣きながら。


生後三ヶ月過ぎても私の母乳過多は治まらなかった。里帰りが終わり、まだ知人のいない町に戻った。だんなは仕事で夜遅くいつも疲れていた。

胸は常にガチガチに張って、熱をもって痛かった。子供を抱きしめるときですら、痛みに耐えなければいけなかった。

私は乳腺炎の再発におびえていた。ひとりで高熱がでたとき、どうやってこの子の面倒をみればいいのか不安だった。

そして我が子の大量の吐き戻し。いつも吐き気でつらそうにうなっていて、気の毒でしょうがなかった。
桶谷さん(乳房マッサージに特化した助産師さん)に相談すると、私の乳の勢いが強すぎて、限界以上に飲んでしまうせいだと言われた。
「質の悪い乳で、子供が可哀想だ」とも。

そこで桶谷さんが推奨する昔ながらの食事制限をはじめた。
甘いもの、油、乳製品、肉、魚、餅など全部ダメ!果物の加糖もダメ!
となると、食べられるのは逆に何か?
基本的には、ごはん少しと野菜のみそ汁だけにしなさい、とのこと。

それでも私の母乳過多は治らず、
「まだ食べすぎじゃないの?西京漬けの魚も甘いからだめよ、飲み物もできるだけ減らしなさい」と言われる。
出産後ひとつきで10キロ減り、元に戻った体重は、さらにマイナス6キロまでなった。

このころの頭の中を分解したら「甘いもの食べたい」が8割を占めていた。
あとは「胸が痛い」「乳腺炎怖い」「3時間眠りたい」「人恋しい」「自由がほしい」だろうか。
「子供かわいい」と穏やかに思えたことは少なかった。


そんななか、唯一の楽しみが「ふ菓子のふーちゃん」を買うこと。
ふーちゃんはふ菓子の大袋の商品名だ。短めのふ菓子なので両端の固い黒糖部分が多い。この部分を噛むと濃い甘さがじわっと口にひろがり、とてもおいしい。甘さで口が焼ける感じ。

以前食べたときに乳腺炎にならなかったから、と勝手に「セーフ」としたお菓子だった。黒糖だし、昔ながらな感じだし、これは大丈夫なの!と決めていた。信じ込もうとしていた。実は500キロカロリー以上あるのだが。


生後3ヶ月の子を連れて外にでるのは結構億劫だった。
出かける直前に乳を充分に飲ませ、オムツを替える。
寒い時期だったので上着をきせたり、帽子やくつしたをはかせたり。
が、息子は帽子もくつしたも大嫌いで、すぐはぎ取ってしまうタイプだった。

それでも寒そうで、今日こそは、とかぶせたりはかせたり。五回取られるまではやることにしていた。「まあ、寒そう!かわいそうに!帽子をかぶせてあげて」と道行くおばさんに言われたこともある。この「かわいそう」はあまり堪えなかった。


家をでる。寒い。曇っている。
でも、外にでてよかった。なんでもっと早くでなかったんだろう。
毎日そう思った。安全で楽な家についこもってしまうが、外は広く気持ちがいい。

歩いて五分ほどで川に着く。風が吹きぬけ、髪をバサバサにしていく。息子が寒くないか、乾燥しないか気になって仕方ない。
色のない河原を見ながら、早く春にならないかなぁと切に願う。川沿いは桜が咲いて、河原はタンポポやアカツメクサで賑わうだろう。
その頃には胸の問題は解決しているはずだ。
でも時間が解決することは、時間が経つまでどうにもならないことでもある。

ドラッグストアについた。ふーちゃんの棚の位置はもう覚えている。パンや納豆と一緒にさりげなく、ふーちゃんもかごにいれる。

レジに並ぶ。見覚えのある人だ。ほぼ毎日行っているから向こうにも覚えられているかもしれない。自意識過剰かもしれないけど。
もし、いつもふ菓子を買っていくから「ふーちゃん」ってあだ名つけられてたらどうしよう。恥ずかしい。でも、どうしてもこの頃、私はふーちゃんが必要だった。

ドラッグストアを出て数メートル。
カバンの点検でもしてるふりして、私はふーちゃんの袋を開ける。パッと一つつかみ、バフっとかじる。だいたい3口ぐらいで一つを食べ終わる。そうしたらすぐまたもう一つ。

外で30歳の女が、暗い顔してベビーカー押しながらふ菓子を貪り喰う。
向かいから歩いてきたらちょっと怖い。異常だ。
当時も分かってはいたが、それでもやめられなかった。家にたどり着くまでの我慢すらできなかった。どうせ知り合いもいないしと自暴自棄にもなってた。

病気や高齢でずっと食事制限している方も大勢いるだろう。私は授乳中の今だけの我慢だ、子供のためならそのぐらいできるはずだ。子供を愛してないの?
自分にそう言い聞かせたが、どうしても甘いものへの欲求を抑えられなかった。

恥ずかしく、情けなく、帰り道の橋の上で泣けてきた。
はたから見たら余計不気味で滑稽だったろう。

家に着くころ、ちょうど一袋食べきってしまう。
息子を布団に寝かせたあと、私はふーちゃんの袋を小さく折りたたんだ。他のビニールごみの中に押し込んで隠すためだ。
また今日も食べたのだと、だんなに知られたくなかった。
そのゴミは私の罪の証だった。


結局半年ほどして胸は落ち着いてきた。息子も吐き気でうなったり、大量に吐き戻すこともなくなった。
おそるおそる食事制限をやめたが、何も問題はなかった。

最近では乳腺炎予防の食事制限は迷信だとされているようだ。
それを頑なに守って、罪悪感でボロボロになっていた自分が悲しい。

母乳過多や乳腺炎で食事制限してる方がいたら、無理にすることないよ、自分を責めることもないよと言ってあげたい。
苦しんでる時間と気持ちを、どうか子供と楽しく過ごす時間にしてください、と。



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