ベシャンと生命の起源とAIと

PerplexityAIは何かと便利だ。教師に質問をするということに抵抗のあるコミュ障からすれば、感情の宿らないAIは格好の対話相手である。こういう勉強の仕方をする人間は今後増えていくかもしれない。逆に言えば、今後はまともに対人関係が築けない人が増えてくる可能性はある。全部アバターがやってくれるから、アバターを操作する本人が、という意味で。

さて、ベシャンを翻訳する上で引っ掛かっている文章がある。

The faculty of organizing matter resides, primordially, in pre-existing living organisms.

ベシャンと言えば、ネサンがソマチッドを発見する数十年前に、同じ生物にマイクロザイマスと名付け、独自に単離して研究したわけだが、そのマイクロザイマスのことを言っていると思われる。まぁ英訳した文章ではあるので、翻訳したレバーソンの腕にかかっているわけだが。

まずベシャンはその前の時点で

There is no matter essentially organic, all matter is mineral.
本質的に有機"的"な物質は存在しない、全ての物質は鉱物である。

That which is called organic matter is only mineral matter with carbon as a necessary constituent.
有機物とは、組成に炭素を必須とする鉱物に過ぎない。

という言葉を残しており、更に

Organic matter, chemically definite, is profoundly distinct from organized matter.
化学が定義する有機物と、Organized matterは決定的に異なる。

としていることから、Orga"nic" matterOrga"nized" matterの翻訳が鍵となる。"有機化物"か"組織物"とでも訳すべきだろうが、日本語を検索しても出てこないのだから大変である。

話を戻すと、
・化学が"有機物"と呼んでいるものは別に"有機的"ではない。
・本当の意味で"有機的"な物質と、今"有機物"と呼ばれているものは全然違う

ということだが、問題の文が「物質を"有機化"する能力はマイクロザイマスが持っている」ということが言いたいのだというのは分かる。ただPre-existing living organismsとはなんだ?

直訳すると「物質を組織化する能力は、既存の生命体に原初的に存在する」。DeepLさんに投げてみたら「物質を組織化する能力は、原初的には、既存の生物に存在する。」となるが、意味不明である。

"原初的に"なる言葉があるので、"原始生命体"のことを言っているのか???と閃いた。

原始生命体(げんしせいめいたい、: Protobionta、: Protobiont)とは化学進化による生命誕生直後の状態を有する生命のことである。現在の研究では共通祖先古細菌および細菌にそれぞれ進化したとされているが、共通祖先が誕生する以前の生命についても論じられており、そのような生命を『原始生命体』と定義する。記事の内容では共通祖先と重複する部分はあるが、時系列的には

1. 化学進化
2. 原始生命体
3. 共通祖先
4. 細菌古細菌

という順番で進化が行なわれたと定義されている

出典:Wikipedia「原始生命体」

何かそれっぽい記述であるが、まぁマイクロザイマスのことを前提にした文献など存在しそうもないし、その辺探して的確な用語があるはずもないのだが。

ということで、こういうことをAIさんに質問するのだ。

Q. "Pre-existing living organisms"とは原始生命体のことを意味するか?
A. "Pre-existing living organisms"と "原始生命体"は同じものではありません。原始生命体とは、生命の起源への足がかりとして提唱されている、自己組織化された内因性の脂質の球状集合体です[1]。膜や膜状の構造物に囲まれた、生物学的に生成された有機分子の集合体です[2]。"Pre-existing living organisms"とは、生命の起源以前に既に存在していた生物を指し、原始生命体とは異なる概念です[3]。

随分とハッキリと言われてしまった。もしも"Pre-existing living organisms"がこの文献に突発的に登場したものだとしたら"Unclear (不明)"と返されるし、用語の改変で廃れただけだとするなら同じものと明言してくれるのだが、どうも違うらしい。ということは、Pre-existing living organismsは、どこかで文献に登場していることを意味しないだろうか

文法ミスはご愛敬

Q. "pre-existing living organisms"が登場する文献が何かあるか?
A. 生命の起源に関する研究の文脈で、"Pre-existing living organisms"という言葉を使った文献がいくつかあるようです。例えば、1920年代、ロシアの生化学者アレクサンドル・オパリンらは、原始地球に存在した、メタン、アンモニア、水蒸気、水素のガスからなる大気という条件下で、生命が非生物から生まれた可能性を指摘しました[1]。しかし、生命の起源の文脈では、既存の生命(Pre-existing life)の存在よりも、非生物から生命が出現することに焦点が当てられているため、Pre-existing living organismsという言葉はあまり使われていません[2][3]。

要するに、現代科学は進化論を前提としていて、
①現存の全地球生命体の共通祖先があり
②その共通祖先よりも時系列的に前に、自律的な脂質集合体(原始生命体)が存在し
③-1:その原始生命体は非生物から化学反応の連鎖により誕生した(科学はこちらを採用)
③-2:その更に前に別に生物(pre-existing life)が存在した

ということらしい。
どうやら生命の自然発生説や、進化論 VS 創造論 の領域に踏み込む話のようだ。"既存"とは、共通祖先の生物"より前に既に存在"していたという意味になるが、この言葉だけでは伝わり辛い。

ところでアレクサンドル・オパリンって誰やと調べてみると

生命の起源
オパーリンは1920年頃、生命の起源について自説の本質部分を発表している。当時、最初の生命については自家栄養的好気性細菌(遊離酸素を使って無機物を酸化することでエネルギーを得、これを利用して二酸化炭素を還元して有機物を合成し、増殖していく微生物)というのが定説となっていたが、彼はその説を批判し、「他家栄養的嫌気性細菌こそ最初の生命である」と植物学会で述べている。

オパーリンは1923年、この問題に関し小冊子を出版した。さらに1936年には天文学・地学・生化学の研究成果を取り入れ、より充実した『生命の起源』を出版した。オパーリンの説による生命発生への経路は次の通りである。

①原始地球内部で炭素と金属からカーバイドが生じ、
②それが噴出して大気中の過熱水蒸気と反応、最初の簡単な、しかし反応性に富む有機物(炭化水素)が大量に生成された。
③その相互間の、また過熱水蒸気やアンモニアとの反応により一連の低次の有機物質群が生成された。
④これが地球の冷却に伴い水蒸気が凝結した熱湯の雨に溶かされて地表に降り注ぎ、低次有機物質を含む海となり、
⑤この海洋中でタンパク質を含む複雑な高分子の有機物へと化合が進み、
⑥それらが集まってコロイド粒子ができ、周囲の媒質から独立し、原始的な物質代謝と生長を行うコアセルベート液滴ができた。
⑦このコアセルベートの進化と自然淘汰とによってやがて原始的有機栄養生物が発生し、
⑧ついで原始的無機栄養生物が発生した、
というものである。

オパーリンはその後も研究を深め、1957年に『地球上の生命の起源』、1966年には『生命の起源-生命の生成と初期の発展』が出版された。

66年版では、
・コアセルベートよりも複雑で整った機構を持つが、
・原始的生物よりは簡単な系「プロトビオント」について、その進化を論じている。この研究は新しい科学分野・宇宙生物学への道を開くものでもあった。

おや、ここでプロトビオント(原始生命体)が登場した。え、じゃあ「原始生命体」はオパーリンが造語したってことでOK?

Q. では、"Protobiont"を造語した科学者はオパーリンなのか?
A. そう、アレクサンダー・オパリンは、「プロトビオント」という言葉を作ったとされる科学者なのです。オパリンはロシアの生化学者で、炭素系分子から生命が進化した「原始のスープ」説など、地球上の生命の起源に関する理論に大きな貢献をしました[1]。オパリンは、半透明の脂質膜に囲まれた分子集合体やそれに似た構造を「プロトビオント」と呼びました[2][3]。プロトビオント」という言葉は、現在でも、生命の起源への足がかりとして提唱されている、自己組織化された、内因的に秩序立った、球状の脂質の集合体を指す言葉として使われています[4][5]。

そうかい。まぁ私が知りたいのは"pre-existing living organisms"であってProtobiontではない。

Q. "pre-existing living organisms"という言葉は、誰が最初に使ったのですか?
A. pre-existing living organismsという言葉は、様々な文脈で使われている一般的な言葉であるため、誰が最初に使ったかは不明です。生命の起源以前にすでに存在していた生物を指す言葉です[1]。生命の起源の研究により、細胞の発生は、ヌクレオチドやアミノ酸を合成するための前駆体分子の合成に始まり、膜に包まれた高分子が細胞の性質を獲得するまでの重複した段階に分けられるようになりました[2]。ロシアの生化学者であるAlexander Oparinは、生命の起源への足がかりとして提案された、自己組織化された内因性の球状の脂質の集合体を指す「プロトビオント」という言葉を作ったとされています[3][4]。

オパーリンはもうええっちゅうに。まぁ要するに、特に専門用語なわけではないので誰が言い始めたかは不明である。だがベシャンの本に登場するということは、少なくとも20世紀初頭(1911年)には文献で登場する言葉であったということになる。

念のため確認しておこう。

Q. オパーリンはpre-existing living organismsを自身の文献で使用していたか?
A. アレクサンダー・オパリンが文献の中でpre-existing living organismsという言葉を使ったという証拠はない。オパリンは…(ry

ないのね(だったら何で例で出したんだ)、Ok(強制終了)

ベシャン的にはビブリオ進化能力を持つマイクロザイマスは全ての生物の始まりと考えてそうなので、始祖生命体と言いたい勢いだったかもしれないが、これはやり過ぎだと思う。大人しく「既成生命体」で訳して注釈でもつけておこう。

The faculty of organizing matter resides, primordially, in pre-existing living organisms.
「物質の組織化能力は、既成生命体に原初的に宿る」

Antoine Bechamp

Twitter上では「パスツールとベシャンではベシャンの方が正しいと思います!」なんて能天気な発言が散見されるが、ベシャンを採用するとは「病気の原因がどうの」なんて低次元の話に止まらず、こういう領域に踏み込むことだと誰か理解しているだろうか?



●そのベシャンの大作の英訳を担当したレバーソンによる前書き部分の和訳完了しました

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