dolls テーマなど

北野武のdollsを見てきました。

テーマを中心に考えていきます。

まず初めに、深すぎる愛を描いた作品だと感じました。

自分の出世を捨て、友達を捨て、家族を捨て、女性と二人で旅に出る男性

数十年間も別れた相手を待ち続けている老婦人

大好きなアイドルのために自分の目をつぶしたオタク男性

と、それぞれが自分の人生を捨ててでも愛する相手といようとしていました。

その中でも、男性(松本)と女性(さわこ)の旅が中心だったので、

今回はそこを中心に書いていきます。


中心テーマから考える

社長令嬢と結婚する話があった松本ですが、

結婚式を抜けてさわこに会いにいきました。

さわこは松本が結婚することを知って自殺未遂をし、

一命は取り留めたものの障害をおっていました。

そんなさわこを見て、松本はさわこと二人で旅に出ていました。

この時、ただの愛だけでなく、罪悪感もあったのでしょうか。

実際、その後、さわこと対等に接するというよりは、

さわこの介護人としての付き添い方をしているように見えました。


しばらくして、さわこが勝手にどこかに行ってしまうのを防ぐため、

赤い糸でさわこを結びつけました。

それでもただ人形のように感情もなく歩いて行こうとするさわこを見て、

松本はさわこを抱きしめました。

そして、松本もその赤い糸を体に巻き付け、一緒になって旅を続けていました。

この時、対等になったように思いました。

松本がほとんど喋らなくなったのもこの辺りからで、

さわこと同じ位置で生きているように思いました。


美しい自然の中を旅するシーンが多かったのですが、

時々現実とは違うシーンがありました。

さわこが浜辺で松本にイタズラをしているシーンがあります。

「帽子を投げて取ってきて」と言うところですが、

そのすぐ後に帽子が崖から落ちていく現実側のシーンに変わります。

その後も、自分たちがパーティにいて、

結婚することをみんなから祝ってもらっているシーンがありました。

この後すぐに知らないおじさんに「あっちへいけ」と怒られていました。

これらは、現実と理想の現実(松本が最初からさわこを選んでいた場合の現実)が対比されているように思いました。

理想では楽しそうで無邪気なさわこがいたり、

二人とも多くの人に祝福されて結婚していたりする一方で、

現実では感情のないように見えるさわこと誰にも祝福されない二人がおり、

その辛さを対比によって描いているようでした。


最終的に、二人は雪山から落ちて木にぶら下がってしまいます。(ほとんど死んだ状態)

映画の冒頭で人形劇があるのですが、

その動きと照らし合わせるように動きます。

木にぶらさがったあと、二人の人形が見つめあってこちらを向いて終わり

という終わり方でした。

二人がお互いを見ていたことを人形によって描いているようでした。

特に、さわこは記憶をなくし、松本に対する感情もほとんどないような状態でした。

そこから、雪山で、松本にネックレスを見せて笑っており、

ほんの少しでも松本のことを見ることができたのかなと思います。

あれで幸せだったのかはわからないですが、

二人はああなるしかなかったのだろうと思います。

理想や幸せを超えた愛を感じました。

(ただ、そこまでお互いのことを思えた上で死んでしまうという苦しさも同時に感じました。
他の二人もお互いの愛を感じ始めた時に死んでしまうし…。)

他の描写・よくわからなかったもの

衣装

どんどん衣装が変わっていきました。

話が進むにつれて、人形のような衣装になりました。

二人が人間から人形に近づいていっているように見えます。

しかし、なぜ人形を使って描いているのかいまいちわかりませんでした。

面白いし美しいとも感じた一方、何がしたかったのかはわかりませんでした。

ひょっとこのお面

途中でさわこがみたひょっとこのお面ですが、

結局そこまで物語に絡んできませんでした。

大量のお面が、さわこには全てひょっとこに見えたことから、

大量にいる人間が、自分たちに悪さをするものだと見えたように思います。

(その後、ひょっとこに連れ去られる夢を見ていたので。)

ヤクザの兄弟分の倅

障害を患っていて、アホそうだけど、楽しそうに生きている

さわこと反対だなと感じます。

誰かを愛している描写があったわけでもなく、

ヤクザのおじさんのことをお金をくれる人として見ているようにも見えました。

付き添いの人のことも適当に扱い、愛的なものとの関わりは薄く見えました。

さわこたちと対比させることで、視聴者にそれぞれの視点から考えさせているように思いました。

加えて、付き添いの彼がなぜみかんを釣り竿につけたのか、

おそらくその釣竿から釣れた魚が、なぜ衣装をきていたのか、はわかりませんでした。

そのほか

・てんしの人形
・ピンクボールのおもちゃ
・三日月、満月

あたりは何か意図しているようにも思いますが、いまいちわかりません。

おもちゃは子供らしさかな?

成熟した人間的な感情を持たせず、

ただ遊ぶ子供のように見えました。

(知的障害を持つ方は、実年齢より幼く見える行動をとると思うので、

それを描写しているのかなと思います。

ただ、ピンクのボールじゃなくても良かったようには思います。)


最後に

わからないことが多かったし、

良かった、悪かったもあまり言えませんが、

何も言えなくなるような気持ちにさせられました。

純粋に楽しめる映画もいいですが、

こういった映画は人の深いところを抉ってくるような、

何か強い力があって、

それが感性を育てていくのかなと思ったりしました。

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