タコはデビルフィッシュだから欧米人は食べないと言うウソをまき散らした英米出羽守
——と言う実話がある。しかし、どうして帰国子女と言うのは現地で聞いた適当な嘘でマウント取りたがるのだろうね――。
なぜタコがデビルフィッシュかは、英語のサイトでも適当な嘘が書き連ねてあるようで、そのようなスラングを知らない方が多数派のようだ。英語のdevil fishは通常Manta birostris(オニイトマキエイ)の事を差し、タコを意味しない。したがって詳細は古い文献を漁るしかない。
調べた限りではイギリスでは蛸は食べる習慣が無いと書いてあるが、禁忌と書いてあるサイトは少なくともイギリスには存在しないっぽい。
南欧——特にギリシア――ではソウルフードとしてタコが食べられており(出典:美味しんぼ)、現代に於いてはネットを調べればすぐウソだと分かる代物だ。しかしながらネットが普及していない時代に、このようなウソを出羽守がまき散らしたのである。結果、未だに勘違いが定着していると言うのが事実がある。調べてみると、このようなウソは他にも大量に存在するのだがそこは深掘りしない。ユダヤ教に由来しているとドヤ顔で書いてあるサイトも存在するが、ユダヤ教では同じ理由でウナギ、ナマズ、サメ、エイ、海老、カニ、貝も禁忌にあたる。しかしイギリス人はウナギのゼリー寄せを食べるのでユダヤ教由来説など成立しない。しかもヨーロッパでタコを食べない地域は、キリスト教が伝来自体遅い異教の地が大半。当然ながら嘘ばかりで有名な日本語版Wikipediaにも堂々と嘘が書き連ねてある。
しかもタコを食べる国は、ギリシア、イタリア、南仏、スペインなどで、要するに古代ギリシアや古代ローマの文化圏である。実際のところ古代ギリシア人はタコが大好物であることは記録に残っており、古代ギリシアの魚屋でも大量のタコが売られていたと言う。ローマでもタコが食材として使われていた事実も記録として残っている。
つまり、タコを食べないのは文明人(ローマ・ギリシア人)ではなく野蛮人(ゲルマン人)の末裔だ。
その理由はゲルマニアでタコが採れなかったと考えるのが妥当。一応、Curled octopusと言うタコが地中海、北海、イギリス近海に生息しているらしいがバルト海にはいない。もっとも全長が50cmぐらいと言う小さなタコらしく割と深い処に生息しているようで釣るにも流通にも向かなそうである。イギリスで釣れるようになったのは底引き網を使う様になってからかもしれない。仮につれても雑魚扱い(食べる習慣が無いから買う人がいない)なので漁師に「ざぁこ」と言われて捨てられていた可能性がある。今でも(タラの)トロール漁でタコが混獲されることがあるが需要がないので出回らないらしい。出回るとしてもポルトガル産のマダコとか。
そして中世カソリックは肉、卵、乳製品を食べてはいけない期間(四旬節)をやたらと作ったため、その間は魚を食べていたのだが大半は海すらない地域。そのような地域で食べられるのは淡水魚か干し魚ばかり。そうなると干し魚(特にニシン)が高値で売れる。日持ちしないか量が確保出来ない魚介類は流通しない。そう言うものは地元で消費されるか、破棄されるのがオチ。要するにヨーロッパにおいてタコが食べられるのは地中海地域の特権であり、それ以外の地域では存在さえ知らない食材に過ぎなかったのだろう。日本人がコオロギを食べないのと同じだ。一方正教会では断食期間は肉も魚も禁忌とされるのでタコ、イカ、海老、貝などを食べるのだった。
なお、地中海で食べられるタコはCommon Octopus、つまりマダコである。生物学的分類は、日本のマダコと違うらしいが、それはどうでも良い。どうせ日本のタコも西アフリカから輸入しているもの。マダコは熱帯から温帯の暖かい地域にしか生息しない。寒い海には生息していないからイギリスでは見ることが出来なかったのだろう。
要するに北ヨーロッパでタコを食べる習慣がないのは存在しないからにすぎない。しかも、イングランドは産業革命期に郷土料理も壊滅しているので、小さなタコ(Curled octopus)が漁村で食べられていたかなど分からない。しかし、 Octopusと言う英語は古代ギリシア起源なので該当する単語が古英語に存在しなかったのは予想がつく。つまりアングロ・サクソン族が住んでいたと思われるオランダ北部からユトレヒト南部やデーン人の故郷デンマークに南欧のOctopusに対応する生命体は存在しなかったのだ。Octopusはドイツ語ではTintenfisch(インクザカナ)もしくはKrakeと言うがこれは17世紀頃に現れる単語で、しかも蛸とイカの区別がついていない。ちなみにスウェーデンではbläckfisk(インクザカナ)、ノルウェーではblekksprut(インクイカ)、デンマークではblæksprutte(インクを吐くモノ)らしい。
つまりゲルマン祖語にOctopusに該当するものが存在しないようで、突き詰めると古代ゲルマン人はタコを見たことすらない。見たことも存在も知らない生物を忌避する理由がない。クラーケンに相当する単語はドイツ語と英語で共通の祖を持つらしい。ただしクラーケンはkrakōnąもしくはkrankazと言うゲルマン祖語に辿り着くのだが、krakōnąhは、割れる音を現した擬音語で、英語ではcrackになる。krankazは、曲がっていると言う意味らしい。つまりクラーケンの元の意味にタコと言う意味が本来微塵も無い。これがノルマン語で海の怪獣を差す意味になり、ドイツ語と英語に輸出されたらしい。フランス語ではタコはpoulpeと書くがこの単語、英語では古語になっている。古語になっている理由はイギリスを占領したフランス系ノルマン人が南仏産のタコを食べていたからフランスから流入したことがあるのだろう。しかしイギリスではタコが取れないので、イギリスがフランスの領土を失うと単語も消滅したと考えられる。古代ギリシア語のOctopusを導入したのは恐らく大航海時代より後に起きた現象だろう。もっとも推測に過ぎないので古い文献を調べる必要がある。
なぜ、このようなデタラメを英語出羽守がばら撒いたのだろう。その場のマウント取りに過ぎないと思うけど。
それはともかく取りあえずWiktionaryでdevil-fishについて書いてある内容は以下の通り。
1899年にJose de Olivaresと言う人物が「カメラと鉛筆で見た我々の島とその人々」と言うニューヨークで出版された写真集に「男の右手にある魅力のない爬虫類の標本は、タコ、またはデビルフィッシュで、島々のアジア人の好物である。」
Wiktionaryではこの記述が初出となっている。これが初出だとするとdevil-fishはニューヨークのスラングだ。しかも、これだけ読むといつものアメリカリベラル界隈に沢山いる白人優越人種差別主義ジャーナリストの戯言で終わってしまう。初出は、もう少し前に遡れそうだ。
そういうわけで、先人の調査を丸っと持ってくると
どうも1866年のビクトル・ユーゴーにさかのぼれるようだ。
しかし、この時期にタコが見世物になっていたとすると海産物絶対滅ぼすマンがタコをクトゥルフに見立てたのは必然なのか。
——それはおいておいてクラーケンをdevil-fishと形容する用法は1880年にはある様だ。ちなみに同時期の文献では鯨やピラニアを差していることがあるので、この時期、巨大水棲生物や危険な魚介類をdevil-fishと形容するブームがあっただけと捕らえた方がよさそう。
どのみち19世紀までしか遡れないのでイギリスでタコが禁忌であった証拠など存在しない。結局、採れないから食べる習慣が無かっただけと考えるのが穏当だ。日本人がコオロギを食べない理由と同じだ。
イスラム教でタコが禁忌だと大嘘を書き並べているのが気になる。確かにイスラム法学者の一部にタコを禁忌とする解釈もあるが、コーランにはタコを食べてはいけないとは書いていないので通常ハラールと判断される。スンナのうちタコをハラールとしないのはハナフィ派らしく、これは海で漁撈した獲物を魚のみと解釈しているため魚ではないタコ、エビ、貝はハラールではないと言う解釈になる。しかしハナフィ派が多いとされるトルコではタコを食べるらしい。
そして、ユダヤ教のように鱗のあるなしをハラールの基準にしているのは分かる範囲では十二イマーム派ぐらい。つまりタコを食べていけないのは十二イマーム派を国教とするイランとその周辺ぐらいらしい。イランだけ取り上げてイスラム教では——とは言わない。
コーランは原文のみが正しいので7世紀のアラビア語の一方言の単語や文脈をどう解釈するかで意味が変わるので解釈違いが起きるがタコを食べて良いとする解釈が多数派だ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?