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夜の街、昼の顔(歌舞伎町ルポタージュ)

 私が新宿区議会議員になりたての頃、繁華街の通りを歩いているとふと気配を感じて振り向くと、路地裏で男同士が行為に及んでいた。私はすごい場所の議員になってしまったんだなと実感したが、その後5年の月日が経ち、以来、男同士はおろか屋外でそういうシーンを見たこともなく、極めて珍しい事例だったとわかったが、つくづく新宿歌舞伎町は唯一無二の特殊な繁華街だなと思う。

 JR新宿駅で降りると東口から新宿三丁目駅に至るまでの新宿大通りは、銀行、高級フルーツ店、老舗の本屋、家電量販店、ブランドのブティック、デパート等が立ち並び、小さな銀座を思わせる雰囲気がある。しかしこの通りから100メートル北に進んで街を横切る片側4車線の大通り、靖国通りを渡ると突然、雑然とした空気に変わる。そこが新宿・歌舞伎町だ。

カギカッコはずしてやれば日が暮れてあの街この街みんな夜の街

俵万智『未来のサイズ』

 コロナの感染者数が急上昇していたとき、都知事が「『夜の街』で感染が広まっている」と歌舞伎町を暗に指して言った。歌舞伎町での感染率はその後2か月で一般並みになったが、そのあともずっと、テレビでは日ごとの感染者数を発表するたびに「歌舞伎町一番街」のアーケードを映し出し、歌舞伎町はすっかりコロナのイメージがついてしまった。前述の短歌は、歌舞伎町だけを「夜の街」と表現した違和感を歌人の俵万智さんが詠んだものだ。俵さんは歌舞伎町のゴールデン街のバーを手伝っていたこともあり、この街をよく知っている。

 日が沈めばどこの街も夜の街になるのと同じように、歌舞伎町も日が昇れば昼の街になる。
 朝の歌舞伎町は、意外なくらいにきれいだ。朝一番に行政とボランティアによる清掃が行われ、前夜にポイ捨てされたごみは一掃される。10時頃になるとパチンコホールのエスパスとマルハンの前には、一勝負かける男たち(女性もいるが圧倒的に男性が多い)が集まり、数百人が並ぶ列ができる。
 ギャンブルとは楽して儲けるためのものだと思うのは素人考えで、彼らは開店の1時間以上前に来て、有利な台を獲得するべく入場の整理券を取っていく。ディズニーランドのアトラクションで並ぶ行列は和気あいあいだが、こちらの連なりは話す者も少なく殺伐としている。

 夜、あんなにたくさんいたホスト風の男も、地雷系メイクをした女の子も昼間のこの街にはいない。そのかわり、歌舞伎町のど真ん中にそびえるゴジラタワー(トーホービル)の正面には、屋上から飛び出したゴジラの巨大な頭を撮るため、スマホをかざした外国人観光客が常にいて、周辺の飲食店も混みあい、店員さんが忙しそうに働いている。ビルや道路の工事の現場で、赤いカラーコーンと黄色と黒の規制線の前に誘導棒を持った交通整理のおじさんが立ち、奥で作業着姿の職人が汗を流している。コンビニでは品出しが行われ、冷蔵棚にずらりとエナジードリンクがならぶ。この街は、遊ぶ人も働く人も体力が必要だ。
 昼には昼でこの街にくる人がいて、働く人がいる。

コンビニでヘパリーゼ、ウコンと一緒に置かれる大量のクライナー(パリピ酒)

 近くに有名な広場がある。トーホービルの隣だからトー横。そこにたむろしている少年少女だからトーヨコキッズ。彼ら彼女たちがクローズアップされて数年たった。トーヨコキッズたちは、朝こそいないが、日が高くなるとどこからかやってくる。今やトーヨコの広場を追い出されて、脇の道にたむろしている。トラブルを起こさないよう、すぐそばに行政の警備員が配置されているが、お構いなしに座り込んで何やらしゃべっている。歌舞伎町をパトロールする行政の警備員たちは、普通の警備員ではなく、格闘家や元自衛官の屈強な男たちだ。パトロール隊のお兄さんたちはガタイはいいが、いつもだいたいニコニコしている。この日もそんな様子でキッズたちを見守っていた。

 トーヨコキッズの報道になると、家にも学校にも居場所がないかわいそうな子ども達、といわれるが、見慣れた我々現地人にしてみればただの不良たちで、どこの地域にもいる深夜のコンビニの前にたむろするヤンキーと何ら変わらない。身近のヤンキーには「こわ。近づかないようにしよ」と思うのに、遠くのトーヨコのことになると「かわいそうだ」となるのは不思議なことだ。

 家にも、学校にも、地元にも、居場所がなく、全国から歌舞伎町に流れ着いた彼ら彼女らは「家には帰りたくないけど、施設は規律が厳しくてヤダ」という。子どもを育てるには、親なり行政なり責任をもつ人が必要だが、こういう子ども達はいったい誰が育てればいいのだろうか。補導されて児童相談所に一時保護されたキッズたちは、本来親が迎えに来なければならないが、子どもに愛想をつかした親が多く、迎えを拒否し、仕方なく児童相談所の職員が地元まで送る。
 週末に補導された子供たちを全国各地へ送り届ける業務で、月曜日の新宿の児童相談所には社会福祉士がいなくなるという。

 歌舞伎町にはにおいと音がある。
 歌舞伎町にいくつもあるラーメン屋の換気扇からは動物の骨のにおいが流れ、ラブホテルのエントランスの滝の水がまきあがったにおい、路地に捨てられたごみの腐ったにおい、すれ違ったホストの香水の残り香。ユニカビジョンで流されるK-POPの爆音、歌舞伎町のスクリーンでは大音量でホストの売り上げランキングが発表され、金嶋昭夫会長の演歌、警察と商店街によるぼったくり注意喚起の放送、街を一日何週もするアドトラックからはホストクラブの宣伝や、水商売と風俗の求人サイトの歌が流され耳に残る。上空を飛ぶジェット機の轟音、歌舞伎町になぜか2軒もあるバッティングセンターの打撃音、区役所通りを通る車のクラクション、来街者の声。全部混ざって歌舞伎町の喧騒になる。普通は薄暗くて静かなはずのラブホテルが立ち並ぶ区画ですら、なにか落ち着かない。

 夏が近づいて日の入りが午後7時くらいになると、外国人観光客や仕事を終えた職人、食事にきたサラリーマンや若者たち、これから出勤するホスト、客と同伴しているキャバ嬢、街ゆく人に声掛けをするキャッチらが、暮れゆく日の中で混ざり合う。歌舞伎町の昼の顔と夜の顔が交差するこの一瞬を経て、歌舞伎町はまた夜を迎える。

昼間の歌舞伎町(トーホービル前)

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