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佐藤卓「塑する思考」を読む

この本を手に取ったきっかけは「日曜美術館」でした。

紹介されていた「陶塑(とうそ)」という作品を観たときに、作品ではなく、「塑(そ)」という文字に興味を持って、検索しているうちにたまたま見つけ、購入しました。

考えを書いた短いものから、ある具体的なデザイン(「クールミントガム」や「明治おいしい牛乳」など)のストーリーを綴ったものまで、全部で22の章から構成されています。その中でも、タイトルでもある「塑する思考」という章には、深く胸に刺さりました。

「しなやかさや柔軟さ」が、正反対ともいえる二つの性質に分けられることはあまり知られていない。ひとつは「弾性」で、加わった力がなくなれば元の姿に戻ろうとする性質。もうひとつは「塑性」で、加わった力次第でそのつど形状を変化させる性質。
世の中に流されない冷静な判断の下、自分が今なるべきものになる。やりたいことをやる、ではなく、やるべきことをやる、の姿勢。塑性的であれば、やるべきことが、まさにやりたいことになる、と言い換えてもいい。

「塑する思考」から要約

日本では「どんなことがあっても信念を曲げない」など「弾性」が評価されることが多く、誰かに言われて自分の意見を変えてしまう「塑性」は、「確固たる自分を持っていない」と、どちらかというとマイナスにとらえられることが多い。でも、時と場合によっては「塑性」こそが必要であるとの筆者の考えで、僕はそれに深く共感しました。

僕は今、自身が手掛ける日本酒ブランド「朔」の開発ストーリーを文字にしていて、過去の(目を背けたい)様々な失敗を追体験している最中なのですが、それが「自我」との付き合い方を知らなかったからだ、まざまざと(自分で自分に)見せつけているからです。

僕は、「朔」を立ち上げる過程で、「自分がやりたいこと」「実現したいシーン」ばかりを優先して、買ってくれる人が、どのような目的で、シーンで、僕の酒を手に取ってもらえるかをまったく考えていませんでした(ペルソナを設定するなど考えているフリをしていましたが、それらはアリバイでした)。

もちろん、自我が必要な時もあります。「朔」は、溢れ出る自我、何が何でも目指したい方向性、実現したいシーン、などがあったからこの世に産まれ、僕にいろんな機会を運んできてくれました。また、コロナ禍で「スケジュールは真っ白、お先は真っ暗」な状況で、平静を保つためにはああする以外に無かったと思います。

しかし、それはそのような非常時、またはごく個人的なことにとどめなければいけない。プロフェッショナルとしての仕事は「塑する思考プロセス」を実践することが必須だと自覚しました。すなわち、客観的に周辺を観察し、構造を把握し、自我を脇に置いて、解決策をたてて実行していくこと。それには訓練が必要であり、もう人生も後半戦ですが、取り組んでいこうと思います。

この本は、「塑する思考」という章以外にも、とても共感することも多い本でした。佐藤卓さんという素晴らしいデザイナーさんを知れたことは、これからの財産になると思います。定期的に手に取って、自我が目的の達成を妨げていないか、自分を客観的に見つめる機会をつくりたいと思います。


タイトルにも使った写真は、「朔」の酒器を作っていただいている藤村さんの土です。力を加えると、素直にそのままの形をとどめます。この本を読んだ時に真っ先に思い浮かべたのは、陶芸で使われる「土」でした。


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