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推しの展覧会『ショパン 200年の肖像』に行ってきました。

私の推しについて

Fryderyk Franciszek Chopin
(ポーランド語表記フリデリク・フランチシェク・ショペン) 
Frédéric François Chopin
(フランス語表記フレデリック・フランソワ・ショパン)
1810年~1849年
ポーランド生まれのピアニスト、作曲家、ピアノ教師。結核で39歳の若さで亡くなる。ちょっとワガママで毒舌で神経質。瘦せっぽちで病弱。甘いものが好き。多分犬派だが、自身は限りなく猫っぽい。
筆者の推し。人生を狂わされた。

推しの展覧会来る!

 『ショパン 200年の肖像』は、日本とポーランドが国交樹立100周年を迎えた2019年、全国4ヵ所で開催されることになった展覧会である。憎き新型コロナウイルスのせいで、東京会場(練馬区立美術館)での開催は予定の4月26日から大きく遅れ、6月2日~6月28日となった。会期が1ヵ月弱というのは残念ではあるが、東京近郊在住のショパンオタクとしては、開催されないという最悪の事態も考えていたので、本当にありがいことだ。
 ネタバレを回避したかったわけでは全くないのだが、既に会期を終えていたところ(神戸や福岡)があったにも関わらず、何が展示されているのか漠然としか知らない超絶不勉強(よく言えばまっさら)な状態で挑んだ。
 6月2日、初日に鼻息も荒く押し掛けた。というのは気持ちの上で。緊急事態宣言が解除されたとはいえ、2ヵ月も県外はおろかほとんど家からも出ていなかったので、色々と悩んだ末、マスクを装備しておそるおそる出陣。
 初日ではあったが、幸い平日だったこともあり、美術館は空いていた。入口ではスタッフの方が消毒を促してくれ、お清め完了。すっかり見慣れたビニールカーテン越しにチケットを買っていざ参る(一般大人1,000円、安すぎないか?)。

色んな人の「うちのショパン」が見られる!

 展示は5部構成になっていて、「第1楽章」などいかにも音楽家の展示らしい表記。良き。
 『わたしたちのショパン』とタイトルが付けられた最初の展示は、ショパンの二次創作(?)がメイン。これがとても面白いのだ。現代のアーティストたちが描いたショパンの絵、ショパンの曲からインスピレーションを得て描かれた絵……とにかくあらゆる解釈のショパンが見られる。筆者も細々とショパンの絵を描いたりして創作活動をしているので「うちのショパン」が存在するが、ここでは本当に色々なショパンがいた。「君は…ショパンなのかい?!」と言いたくなる抽象画のようなショパンや、素晴らしく美しい青年となったショパンもあり、気分はショパンオンリーイベント。ポーランドには「若手作家のためのショパン像コンクール」というものがあるらしく、その入賞作品などを展示しているようだ。
 ショパンの曲を視覚化した絵もとても面白い。これはぜひ、聴きながら見てみたいものである。ある意味、『ショパン!ショパン!ショパン!』(今回の展覧会と連携して練馬区内で様々なショパン関連イベントを開催する事業名。残念ながら、コンサートやレクチャーがコロナの影響で中止となってしまった。)な空間だ。
 これからもショパンで創作頑張るぞ、とやる気をもらえる展示であった。

推しの背景がわかる!

 推しのことはなんでも知りたい。曲だけじゃちょっと物足りない。知りたいことなど無限にある。ショパンが産まれた場所は?!育ったところは?!といった知識を欲するオタクにぴったりなのが第2楽章『ショパンを育んだ都市ワルシャワ』のエリアだ。ショパンが産まれてから成人するまでを過ごしたポーランド、ワルシャワについて知ることが出来る!細かく言えばショパンが産まれたのはワルシャワではなく、そこから54キロほど離れた村なのだが、ほどなくして家族でワルシャワに引っ越してきているので、ショパンが歩き、走り周り、学び、遊んだ地……それはワルシャワなのだ。ショパンが生きた時代のワルシャワの地図や、風景画の数々が展示され、資料として欲しいものばかりで興奮を隠せない。ポスターなどのグッズ化が待たれる。ロシアに支配されていた当時のポーランドの状況なども垣間見ることが出来る作品もあり、ショパンが育った土地の歴史的背景も見える。そのほか、ショパンの恩師や、友人等の肖像画もあり、ショパンの少年時代の創作をする際にはかなり役立つ内容となっていた。
 続く第3楽章『華開くパリのショパン』は、ショパンの生涯後半戦の舞台、パリに焦点をあてている。一気に広がる人間関係。特に、フランツ・リストや、フェリックス・メンデルスゾーン、ロベルト・シューマンなど、私たちにとっても馴染みのある音楽家たちとの交流があったことが分かって楽しい。その昔、どの音楽家が同世代だったとか、知らなかった頃、ショパンや彼らの交流を知って胸が高鳴ったことを思い出した。彼らが語り合う様子を遠巻きに観察したいと何度も思ったものだ。
 音楽家だけでなく、歳は離れているものの、深い友情で結ばれた画家のウジェーヌ・ドラクロワ、ショパンの恋人として最も有名な女流作家ジョルジュ・サンド……。推しを取り巻く人間関係は押さえておきたい重要なポイントだ。それぞれ肖像画もあるので、じっくり観察したい。ショパンがパリで出会って親しくなったオーギュスト・フランコム(チェリスト。ショパンとの共作もある。)の肖像画がなかったのは非常に残念だが、仕方がない……。余談だが、筆者のオススメはジギスモント・タールベルク(当時の有名なピアニストで、リストのライバルとされた)の肖像画だ。とにかく顔がいい。
 また、こちらにも当時のパリ風景や、サロン、オペラ座の様子を描いた絵が多数あるので、ワルシャワと比較してみるのも楽しいかもしれない。
 このエリアで忘れてはいけないのが、この展覧会の目玉のひとつ、非常に有名なショパンの肖像画だ。アリ・シェフェールという画家が描いたもので、この展覧会のポスターなどにも使われている絵である。ショパンの顔の作りをよく見るいい機会なので、じっくり、ゆっくり、真正面から見てみた(偶然周りに他の見学者が一人もいなかったのだ!)。やっぱり、二重の幅が広くて、眠たそうな顔が好きだ。じぃっと見つめていると、ショパンがにゅっと出てくる気さえする。もしゆっくり見られる状況なら、ぜひショパンと向き合ってみて欲しい。

推しが遺したものが見られる!

 さて、第4楽章『真実のショパン―楽譜、手紙―』は、ショパンにぐっと近付けるエリアだ。ここでは、ショパンの様々な顔が見ることが出来る。第1楽章では、現代のアーティストによる「うちのショパン」を見ることが出来たが、今度は同時代の人物たちによるショパンなのだ。ということは、実際にショパンと顔を合わせ、言葉を交わしたことのある人たち、ということになる。私からすれば、羨ましくてたまらない状況での創作だ。そのキャンパスの向こうには、確かに生きていたショパンがいたのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
 そのほかにも、ショパンのデスマスクや、左手の像(亡くなった1849年に作られた鋳型を使って後に鋳造されたもの)といったものから、ショパンの体の一部がどんな風だったのか、まさしく立体的にとらえることが出来る。ガラスケースに収められたデスマスクは上から見たり左右から見たりとあらゆる角度で見た。当たり前なのだが肖像画や写真の面影があり、自分が産まれた時にはとっくに済んでいた「推しの死」がリアルに迫ってきて辛い。
 ショパンの手はあまり大きくなかったと言われていて、なるほど確かに、指はすらりと長いが、特別大きい印象は受けない。どちらかというと女性的な手かもしれない。筆者は人の手を見るのが大好きなので、こちらも角度を変えて目に焼き付けた。これが鍵盤の上を自由自在に這い回っていたのだ(柔らかく這うように動いていたらしい)。叶うなら見てみたい、生きたショパンがピアノを弾く手を。
 更に注目したいのはショパンの自筆の楽譜や手紙を拝めること!音楽家を推す場合、その作品はもちろんだが、自筆譜も大変気になるアイテムである。ショパンが書いた音符!強弱記号!指番号!!全てに歓喜してしまう。これは真面目な話だが、当時の楽譜が印刷に至るまでどのような過程があったか、楽譜に見られる文字や、スタンプなどが何を意味するのか、等々とても丁寧に解説があって助かった。
 もちろん手紙もしっかり見ておきたい。直筆、直筆だ!推しが既に亡くなっているので、サインをもらうことは不可能だが、自筆の手紙を見ることはできる。あまり綺麗とは…言えないが……。ポーランド時代からの親友ユリアン・フォンタナに宛てた手紙は、もちろんポーランド語で書かれているのだが、全体の2%も解読出来ない。ポーランド語が分からないというレベルではなく、何のアルファベットなのか判断し兼ねるものも多い。直筆から推しの言葉を理解するにはまだまだ修行が必要そうである。でも安心していただきたい、日本語訳がきちんとついているので、ショパンが手紙で何を伝えているのか私たちにも分かるようになっている!ひとまずここは内容を理解するというより、ショパンが書いた文字を楽しむことにしよう。

推しのコンクールがある!

 第5楽章『ショパン国際ピアノコンクール』はその名の通り、ショパン国際ピアノコンクールについての展示だ。5年に1度開催されるコンクールで、1927年から始まり、本来なら2020年に第18回が開催予定だったが、ここにもコロナ禍。2021年に延期が決定している。
 そんなわけでパネルのあちこちに延期されたとの注意書きが加えられていて切なさを覚えるが、ここで再び思わぬアートとの出会いがあった。それは、コンクールのポスターである。そうだ、コンクールのようなイベントにはやはりポスターがなければ。そんな当たり前のことに気付けず、今までショパンコンクールのポスターについて考えたこともなかった自分を恥ずかしく思いながらも、個性豊かなポスターたちを楽しませていただいた。鍵盤や五線をモチーフにしているものは当然多く見られるが、部屋に貼りたくなるような、オシャレなデザインでクリアファイルか何かでグッズ化しないのかと思うような作品ばかりだった(グッズ化求めがち)。
 ショパンコンクールの1位から3位に贈られるメダルの展示もあり、年齢的にも実力的にももらえるわけがないそのメダルを食い入るように見つめてしまった。来世に期待したい。

展覧会その後に……

少し気になる昨今のフリデリク推し
 現時点で日本人にとって一番浸透しているショパンの名前は「フレデリック・ショパン」だろう。しかしこれはフランス語読みであり、ショパンが生まれた国、ポーランド語の読み方に近づけるならば「フリデリク・ショパン」となるわけだ。ちなみにショパンという苗字自体はフランスのものであるため(ショパンパパはフランス人)、苗字の読みは変えていない。ポーランド語読みにすると「ホピン」。それも可愛い気がする。
 最近、このポーランド語に近い方、フリデリクと読もう運動が活発な気がする。この展覧会も例に漏れず、様々な解説でフリデリクという表記が用いられていた。現在ショパン博物館や、ショパンの自筆譜や遺品等々の運営、管理などをしているのはポーランドの国立ショパン研究所なので、自国の読みを布教したいのだろうか。ショパンは生涯のちょうど半分ずつくらいをポーランドとフランスで過ごしているし、別にどちらの表記が間違っているというわけではないのだが……。
 それは良いとして、かなり気になったのは、この物販の一部。この展覧会限定販売の商品の中には思い切りフランス語表記のFrédéric François Chopinと書いてあるものがあって、3度見くらいしてしまった(私自身特にこだわりはないので買ったが)。限定販売のグッズは日本側が製作したのだろうが、これでよかったのだろうかと思わないでもない。若干心に引っかかった出来事であった。

ゲットすべき実質無料の図録
 グッズ欲をあちこちで発揮した筆者だが、前に述べたようにこの展覧会にもきちんと公式のグッズがあるのでいくつか購入した。私がショパンの名前の表記についてあれこれ言ってしまったが、足を運んだ際は是非ショップを覗いてみていただきたい。種類がたくさんあるわけではないが、普段使い出来るクリアファイルや、付箋、缶バッジもある。ポーランドから輸入したグッズもあって面白い。
 ここで一番オススメしたいのはなんといっても図録である!!!筆者は元々図録大好き人間なので、訪れた展覧会の図録は手に入れたい派なのだが、これは、ショパンオタクとして買って損はない素晴らしい書物。ショパンオタクにとっては神のような存在の方々のコラムや解説、対談が読めるのだ!これはすごい。筆者個人としては、最近趣味でショパンの手紙を訳したりしているので、その際に大変お世話になっている『ショパン全書簡』の訳に携わっている関口時正氏(東京外語大学名誉教授)の解説は特に興奮した。展覧会の余韻に浸るだけでなく、読み物も充実しているこの図録、税込3,300円だが素晴らし過ぎて実質無料である。
なお、図録はhttps://www.kyuryudo.co.jp/shopdetail/000000001634/で購入出来る。

まとめ~書き尽くせない魅力と感謝

 まだまだこの展覧会の魅力はあるのだが、まとめに入りたい。今回、印象深かったことのひとつは、書簡について、今まではショパンが友人への手紙に下品な言葉などを使っている部分を、ポーランドの英雄的音楽家として相応しくないと、研究者による意図的な削除等の行為があったということを解説していることだった。時代の変化と共に、ショパンを偉人としてだけでなく、一人の人間としてありのままの姿を解き明かしていこうという意識になっていったのだろうか。一人のショパンオタクとしては、どんなショパンも受け入れ愛する準備は出来ているので、これからもありのままのショパンを明らかにしていっていただきたい。少しも怖くないわ。
 ショパンの創作をしている立場から見ても、資料となるような作品もたくさんあって見応えがあるし、ポーランドへ行かなければ見られないものがほとんどなので非常にありがたい。コロナの影響で、残念ながら展示されなかったものもいくつかあったが、それでも開催してもらえて本当に良かった。
 日本におけるショパン受容についての展示もあり、今こうして日本でショパンを弾いたり、ショパンについての知識を得たり出来るのも、そうした先人たちの努力や研究の積み重ねなのだ。
 今回の展覧会では、ショパンがこの世に存在したことへの感謝はもちろん、ショパンオタクの先輩と言える人々が、研究、演奏といった様々な形でショパンを受け継いで来てくれたことに、改めて感謝する良い機会となった。筆者もショパンオタクの端くれとして、遠い未来にショパンを残す手伝いが僅かでも出来たらと、大きな大きな夢を抱いている。


練馬区立美術館『ショパン 200年の肖像』詳細https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202001221579692159

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