ice cream_7

7

持っていたクラブの内、二本を投げ出し、アドレスに着く。

丁度目線の先に、東屋のような建物がある。

切り株のような数個の椅子を、四方屋根で覆っただけのシンプルな空間だった。

ショット前の調整に余念がない。少し時間がかかるだろうと思って、仮野はあくびをこらえた。

土日明けの疲労は想像以上だった。12時間お客様に入りっぱなしなのは当たり前で、案内が一分でも遅れたら、怒号と、終礼での吊るし上げが待っている。

足が限界な上に、どう動けばよかったかを、日付をまたぐ位まで、一つ一つ詰められる。

休みに入っても、楽な訳では無い。休みは仕込みの時間だった。

調べ始めると、夕方という事もよくある。やらなければ、数字が上がらない。

数字が上がらなければ、また詰められる。

−−−蟻地獄だ、とよく思う。

自然、眼の前の東屋に向かい、どかと腰をおろした。

大木が秋の風に揺られる。柳の葉がサラサラとかすめられる。

うららかな陽光が、仮野の半顔を照らす。

女性のような長めのウルフカット。シャープな顎のライン。色の白さは、健康的な男性とは程遠い。

道行くカップルの男性側を見ると、常に「輩感」がある。

どう背伸びをしても、仮野には持ち合わせがなかった。

というよりも、どう考えても、その「輩感」に美意識を感じなかった。

ふと意識が眼前に戻ると、柱田さんはまだ同じ体勢のままだった。

突然、グリップからクラブが落ちて、軽量カーボンが芝にバウンドする音が聞こえた。

棒立ちになって、正面の森を凝視している。

気になって、声をかけたが、返事がなかった。

近づいていくにつれて、段々と表情が鮮明になった。

口が半開きになって、ヤニで黄ばんだ葉が覗けた。

その口元はかすかに動いていた。

「違うんだ−−−私が轢いたんじゃないよ。」

何故か必死に弁解していたが、表情が引きつって、半笑いに見えた。

進行方向に鬱蒼とした森があった。

引き寄せられるように、柱田さんはゆっくりと歩を進めた。

ベナ、ベナ、と靴底のゴムが、だらしなくその後を追う。

「俺じゃない−−−言われてやったんだよ。悪かった−−−俺にはあんたがいないと−−−」

−−−誰と話しているのだろう。

只々呆気にとられて止められず、柱田さんは、そのまま林の中に消えていった。

雉の鳴き声が奥から聞こえてきた。

助けを呼びに行くべきか迷って、あたりを見渡した。

彼方のティグラウンドで、40代位の数名が盛り上がっていた。

「俺じゃない!」

林の中から、叫び声が聞こえて、谺した。鳥が数匹逃げた。

嫌な予感がした。

前にこの丘陵地帯を散歩した時、確か向こうがちょっとした断崖になっていた筈だった。

自然と小走りになった。
途中で、木の根っこに足を取られて、肘を殴打したが、折れてはいなかった。

痛みをこらえて、前方を見ると、さっきまで握っていたクラブが散乱していた。

と同時に林の切れ目から崖が見え始めた。

森を抜けた瞬間、初秋の日差しで目がくらんだ。

崖下に目をやる。

信じたくなかった。

チェックのハンティング帽、黒のベスト、ベナベナの革靴。岩腹に沿って、日焼けした顔が横たわっている。赤い液体が散乱している。

本能的にスマホを取り出した。

部屋で見てきたのが、最後だったので、発光が最小になっている。

ゲージがどこだかわからない。

焦りながら、画面を操作している内に、画面の端に何かが写っていることに気づいた。

それと目があった時瞬間、画面に吸い込まれる様に、視界の端が高速で流れて、意識を失った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?