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「基本的に、承認欲求の強い人間手のは、自分を称賛しない人間を全員排除してくんよ−−−−」

愛猫を殺された割に、論理は明晰だった。 

「私が柱田さん獲ったから、やっかんでやったんだろうけどさ−−−」

丸い目はまっすぐ前を見ながら、仮野の横を平行に移動していく。

霊から愚痴を聞かされた事は初めてなので、多少の戸惑いを感じていたが、懸命に喋る彼女を見て、仮野は親近感すら感じていた。

「どうしたら、あんな思考回路になるんかね?」

言い切った後で、しばらく沈黙が続いた。

彼女の思いの丈に任せて、六本木のカフェからここまで回遊してしまった。

今、ここがどこなのかもわからない。

裏通りらしい。道幅はあるが、人通りは少ない。

「本当、似たもの同士ですよね−−−」

誰と誰が似ているのか、仮野は理解できなかった。

細身のスーツに身を包んだサラリーマンが、スマホを見たまま通過した。

夜に浮かぶ顔の青白さが入真地と酷似していた。

「あんな仕打ち受けても、気になってるんでしょ?」

話の方向がよくわからない。

視線の先に、幹線道路と、首都高の橋脚が見えた。

「本当はあのメール、誰が送ったか、知りたいんじゃないですか?−−−」

太い道路の手前に、黄色い看板が見えた。

「福来」の文字が目に入った途端、心臓が鳴った。

どうしてここへ来てしまったんだろう。

「マジで同期から来たと思ってんすか?−−−っていうか、どんだけ?」

どういうことだろう?−−−あれはあのときの同期が−−−

「私は別に誘導していない。−−−私は仮野の心の中の引っかかってる部分を増幅してるだけ−−−」

気づくと、入真知は看板の下で立ち止まっていた。立ち止まって、じっと仮野の方を見ていた。

「あ〜、めっちゃ中華食いたい−−−食ってきません?」

彼女の瞳を覗き込んだ瞬間、またフラッシュバックが始まった。

確かに、気にしていた。

あの時−−−応接室に向かうまでのあの通路で、大勢の視線に混じって、確かに感じたことのある気配がしていた−−−

これは、誰だ?

ぼやけて、鮮明にならない。

でも、本当は気づいていた−−−懸命に目をそむけ続けていたんだと思う。

一番端の席に座っている、細身の女性。この髪色。半笑で唇が歪に歪んだこの姿−−−紛れもなく−−−姫容李だった。

「幸せから逃げた−−−」

前の大通りの中央分離帯に、二人で立っていた。

「受け止めきれなかったんでしょ?−−−過ぎ去ってくれればいいと思って、たまたまきた同期と楽しそうにしてたんでしょ?本当は−−−」

二人の両サイドを、高速のテールランプが幾筋も流れていく。

「お前が、今の姫容李を作った−−−」

漆黒の巨大なコンクリートの欄干−−−大型が通過するたびに、ドスンドスンと轟音を立てる。

「お前が私を殺したんだ−−−」

入真知がそういった瞬間、どこからか、声が聞こえてきた。

よく聞く、丸みのある声だった。

「どうして−−−あたしじゃないんだろう?」

中央分離帯にいるはずだったが、眼前の光景はまったく違っている。ここは−−−

「みんな自分のものになったのに−−−全部入り込んだのに−−−何であいつだけ」

入真知を通じて、姫容李の想念が、仮野の意識に入り込んできた。

脳内の映像がざらついている。

散乱した衣服−−−

飲みかけのペットボトル−−−

これは、俺の部屋だ−−−何でここに姫容李が?

部屋のコンセントを見つけて、近づいたところで、姫容李はピタリと止まった。

「消さなきゃ−−−」

声ではなく、最早想念だった。

「私じゃないなら−−−いつかやられるから。」

頭がゆっくりと、自分の視点側に振り返る。

その顔は、深淵より黒い放射体を発して、表情は完全に覆われていた。


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