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大和・石上神宮…なぜ【イソノカミ】なのか?…科学的に実証された紀元100年前後に起きた『ツダの洪水』

すでに『石上神宮』が、西暦200年頃に海辺にあったことは、『日本書紀』の記述から明らかにされました。
 これに加えて、当時の弥生時代の集落が『高地性集落』と呼ばれ、紀元0年から急に高地への集落の形成が増加したことが研究者たちによって実証されています。下図をご覧下さい!これは大阪湾近くの集落についての集落遺跡の変遷(時間と高さ)を纏めたものです(「弥生時代の集落立地―大阪府域」(高橋誠著 人文地理27-2 1975))。

大阪府近郊の弥生時代高地性集落の出現

お分かりのように、丁度紀元0年から100年の間に100メートルを越える高台に集落が築かれ始めました!
 100メートルの高台に住居が築かれ、これらの遺跡には貝塚や漁労具が出土しています。
 すなわち、100メートルの高台とは言え(現代に考えると「高台」)海辺にあったことが判明します。
 これは西暦200年頃も同じであることが分かります。
 これは極めて重要です!
なぜなら、『日本書紀』の『石上神宮』の記述(西暦200年には)海辺だったということと完全に一致しているからです。

 さらに重要なのは、海面が現在より100メートル、いやそれ以上上昇していた事実は、紀元前3000年頃の『ノアの洪水』と極めてよく似ていることなのです。

 そこで固有名詞として紀元0年頃から起きた洪水を分かり易くするために、最初に指摘させて頂いた筆者(津田)の名便宜上を使わせて頂き
 ★★TSUDA' Flood…『ツダの洪水』★★
と致します。
 さらに、すでに指摘させて頂いている、『3000年周期の洪水』も成り立ちます。
 紀元前3000年頃の『ノアの洪水』紀元0年頃の『ツダの洪水』
 
この符合は何を意味するのでしょうか?
 世界の古代史を見ると、この大洪水は(どうやってかは不明ですが)予見されているようなのです。
 皆さん、エジプトのピラミッドも建設目的について、『ミステリ』とされていますが、ギザのピラミッドが147メートルの高さなのです!
 もっともシンプルで安定した構造で建設できるのが、正四面体のピラミッド構造なのです。世界中にこのピラミッド構造が造られています。
 要は、来るべき『大洪水』に備えて高い構造物としてピラミッド構造の建設物を造ったと考えられます。
 この世界中のピラミッドと洪水については多くの伝承が残されています。
例えば、グラハムハンコック氏の『太古からの啓示』エピソード2には、これらのいくつかの伝承について示されています。
 すると、
 ①歴史上、大洪水は繰り返し起きている。
 ②大洪水は3000年周期の可能性がある
 ➂世界中のピラミッドは洪水から身を護るため
 ④大洪水の到来を予測していた
という従来の謎やミステリの解決に大きく迫ることが出来ます。
 次稿では、さらにこれらを掘り下げて
 ★現代に迫る未曾有の危機
について科学的に迫ります!
 実は、『後漢』の『光武帝』から西暦57年に賜った、
    国宝志賀ノ島金印『漢委奴国王』

国宝 金印『漢委奴国王』

が、『ツダの洪水』を明らかにするうえで重要な役割を演じます!
 歴史って本当に面白いものですね。


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