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IAEA(国際原子力機関)による「国際的な安全基準に合致している」…【薄めれば問題無し】と言っているに過ぎない?

 IAEAは、『日本の処理水の放出のやり方』については、
 ★承認するものでも推奨するものでもない
と、明らかにIAEAが今後の日本の放出法に関してなんらお墨付きも安全を担保したとは一切言っていない。
 ★処理水の放出方法について安全とも承認したとも言っていない
のであるから、日本の放出方法で問題が起きてもIAEAは何の責任も持っていないのである。
 日本政府がIAEAの報告書によって科学的に説明できると言っているのは、
 ★国際基準まで薄めれば有害にはならない
ただ、ここまでであるので、何度繰り返しても(これを一部は『丁寧に』と称しているだけである)これ以上でもこれ以下でも無く、毎回同じことを繰り返し政府幹部が喋りに来ているだけとしか映らない。
 さてこの場合の『安全な処理水放出』と言えるための条件とは何なのだろうか?
(1)長期間タンクに保存されている処理水が、タンク自体と処理水自身が
   化学的にも生物学的にも安全かつ安定したものであることの分析結果
(2)長期に亘って処理水の放出を連続的に行う事によって生じる影響を海
   洋学的な観点と海洋生物学的影響の評価結果
(3)処理水の放出と海流による拡散・滞留の濃度分布分析評価と時間的推
   移の分析
(4)(2)及び(4)に対するモニタリングの方法と妥当性評価
などについて詳細に説明することが『丁寧に』という事に繋がるだろう。
 繰り返し、『国際基準まで薄めるから』と言うだけで関連する人達や諸外国に納得してもらうのは難しいだろう。
 実際に政府がどこまで説明されているかは知る由も無いが、もし詳細な予測評価を示さずにIAEA報告書だけを盾に『安全です』と繰り返しても、ますます不安になるのは致し方ない。
 なぜなら原発運転の際にも、あれだけ『安全』、『絶対安全』と言い続けてきた結果、原発事故が起きてしまった過去は拭い去れ無いのは当然だろう。
 『科学』・『科学的に』と言うが、『科学的』だったはずのものが後日に正しくなかった事が明らかになっていることはよくある事。そういう意味では、『科学』も、『その時代の風評』に過ぎないのである。
 一番大切なことは、国や当事者に対する『信頼』が無いという事に早く国も企業も気づいて、『誠意ある対応』というものがどういうものであるかを今一度考えるべきである。
 大臣が来たから、とか、ダメなら総理大臣が…50年前じゃないよ、今は。


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