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春日傘~ショートショート④風鈴傘

①栄介寿司で



、、勇志は日傘を探すため、次の週の休日に青いPEUGEOTをとばしてあの場所に一人で行ったことを思い出していた。
『どうにかして探しだすんだ』
『絵美子に喜んでもらうんだ』
ぶつぶつひとりごちながら、栄介寿司の暖簾をくぐりながら、、いろいろな想いはとりとめもなく
勇志の疲れた頭を占領していた

 勇志の住むマンションの近くに小さな寿司屋があり、今夜は一人で寿司を食べに来ていた。絵美子のLINEが気になって自宅では落ち着かず、、かつて二人で何度も食べに来た栄介寿司。
『蒸し海老を』『へい、お待ち!』威勢のいい職人が見事な手捌きを披露する。絵美子が好きな海老のネタだ。『今ごろ温泉旅館でいいもん食ってんだろな~』『やっぱり行きたかったな。もっと早くから言えよな』
仕事は午後にはじまり、休憩をはさみながらも日付がかわる深夜まで続く。体力的にも疲れ脳疲労も酷いので、遊びに行くほどの元気はないことも自覚していたが。
『取り敢えず、寿司食おう』『大将、おまかせ、で』『はいよ!』
栄介寿司の大将は海老をがっつり乗せてくれる。勇志はすべてわすれるようにそれを頬張った。店の振り子時計は夜十時を指している


②勇志、その後


パイロットを合意退職してからは私塾の講師として子供たちの学習指導をする仕事についていた。機長として、教官としてのマネジメント経験が役にたっているのだが
仕事としてドライに割りきっている。教育論とか情熱はない。
子供たちは勇志に懐いた。社会人経験豊富で青い翼の飛行機を操縦していた、という珍しさから勇志の授業はよくきいてくれた。話題も豊富で外国の話しに皆が聞き入った。
将来パイロットを目指す女の子も勇志に何かと相談しにきたものだ
『先生、パイロットにむいている人はどんな人ですか?』『あえていうなら、健康で自己管理と勉強を安定して継続できる人かな』
『チェックで不向きと判定されると、どんどん落とす。安全の確保にかかわるからね。厳しい世界だよ。』『盆正月もない。人が遊ぶときに働き、24時間神経をすり減らす。時差とたたかい、メディカルチェックは半年ごと。年に二回の技量、知識の審査があり、30年間パスし続けないと定年を迎えられない。機長のライセンスは有効期限半年という短さだ。』『年間の1/3はホテルで過ごし、家族と疎遠になる。』『よくよく考えてね。』
こんな風に夢より現実を語ってしまうのだ。
『センセイをみたらいい!実際に訓練フェイルして脱落した例だから』
『え~、』『やっぱりやめよ』
『チームワークを解して、感情で動かないことも大切だ』『難しそう』
可哀想だが現実を知ることが、夢への第一歩になると信じている。この話をきいた程度で諦めるなら夢のままでいい、そう思う勇志なのだが。
 

③ウノさんサノさん勇志の思考


寿司をつまみながら、勇志の思考が時空間を超えてあちこちに飛び回る。
 絵美子に喜んでもらうんだ、、か。
すべてそれだ、それだけだったな
。地上勤務を二年経て死にものぐるいで下地島での最期の訓練をパスして、初めてコパイ(副操縦士)になれた日は、嬉しくて絵美子に自社製品の青いタオルハンカチをプレゼントした。
いつも訓練と勉強で寂しくさせた。フライトスケジュール優先で休みも合わないなか、俺のできることは何でもやった、、あの日傘もそれだ。前原光栄商店の日傘!絵美子が前から欲しがっていたものだ。帰路の車中で、忘れた!と言われたが、チェックフライトが翌日にからんでいてすぐに探しに戻れなかったんだよな、だから次の休みに一人で車を走らせた。絵美子の笑顔をみたい一心で、ふふーん、若かったんだよ。手当たり次第に電話して、立ちよった店をすべて当たったが、見つかることはなかったな。
絵美子はあの川沿いの桜のきれいな並木路に何を思って、何をしに一人で行ったんだろう、、まさか日傘を探しに?そんなわけないか。
でも俺ももう一度行きたいな、いや行きたくなった。感情で動くのか?俺。

独り言のオンパレード、右脳と左脳を支配する。つなぐ脳幹が疼くように思考が巡る。『ウノさんサノさんとでも名付けるか』
思考をりようして言い訳とするのか…それにしてもこの世界はわからないことだらけだ
私がプレゼントした日傘は、今もどこかに在るのか無いのか、もともと無かったものか。私の思考の産物なのか?私が思うから傘として在っただけで、傘ですらないものかもしれない。観察者がいたら性質が変化する?(シュレディンガーの猫)そのようなものが世界の本質かもしれないな。難しいことはわからないが



◇りようさんの綴ることばたち、りようさん曰く、ウノさんサノさん、、その対話が産み出すことばたち、私がnoteを描くうえで大変影響を受けました◇



、、何か悩んでいるのか?と心配を装い絵美子に会いにいくか
昔から俺は変わらないな、、でも
なぜか絵美子に会いたい日もある。今日がそれだ。日傘の行方もずっと気になっているんだな、、

『別れて下さい』か、あのひと言はキツかったな。
『何でも理屈で片付けて、ひとを思いやる気持ちが』
『勇志さんに欠けているところ』
俺が必死で日傘を探したことも知らないだろう。言い訳もしなかった、、ただ機長に昇格さえすれば、もう一度絵美子の笑顔が見れると想いながら別れを受け入れたんだ。『友達として』と云うセリフは信じないけど、繋がりを持っておきたかった。私のウノさんサノさんがそう決めた…
『春日傘泣きたいときは泣けばいい』か
泣きたいのは俺の方だよ、、


独り言はそのまま停止した。ターミナルビル前のエプロンにある
スポット停止時に、マーシャラの前で急停止した失敗を思い出す。
『ブレーキ操作は靴の中で親指を折り曲げろ、繊細に』『立ち上がったお客さんがケガするぞ』『何度言わすんだ』と内田キャプテンの呆れ顔が目に浮かぶ。カーボンブレーキの利きは強烈なのだ。『ビルに突っ込みそうで、思わず、、』『まあいい、次は気を付けろ。』『忘れろ、五分前のことはパイロットには不要だ』
機長の権限は絶対でCRMの概念が定着した今では考えられないことだが、経験の浅いコパイには叱咤するようにどんどん指摘する強いやさしさが昔はあったものだ。『躊躇する奴は飛行機乗りじゃない』とも言われた。
そうだ、すぐに判断、選択、だ。
『二十年以上前の気持ちも忘れられない、なるほどパイロット失格だな』
絵美子に会いにいく。勇志は寿司を食べ終わるとそう決めた。

軒先の風鈴が湿った風に撫でられた
チリン、と涼しい音が暗闇に響く


『風鈴雨

かたちをかえて春日傘

夏の夕べに聴く人もなし』

~勇志の短歌~


なかなかいい句じゃないか、と独り言を手にして店を出た。もう一句出来たらnoteにあげようか、
降りだした霧雨が勇志の腕を濡らした。

~つづく~


楽しく描かせていただき、本当にありがとうございます。素人作での
りようさんの記事紹介、失礼しました。いつも感謝です♪



いただいたお気持ちは、noteの街で創作に励まれている次の方へと循環させていこうと思います。あなたの作品を見たいです。ありがとうございます。