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春日傘~ショートショート⑤ひまわり傘

注:7000字超です


①日曜日の朝、勇志

 "絵美子を迎えに行く"

 雨の高速道路はとても走りにくい。大型車が縦列に走行する第三車線を白い軽自動車がそれについて走る。アクセルが重くて、青いPeugeotのようにはビュンビュン走らない。
片側三車線の西行き、とある大都市のインターチェンジを通過した頃もうすでに勇志は疲れをおぼえていた。
五十歳を過ぎたらダメだなぁと、、
『雨の日はよく見えないんだよな』

自嘲した様子でひとりごちた。

『ゆるりと走るかな』
ラジオでは早朝のトーク番組がとめどなく続いている。局アナの時事ネタが面白い。ラジオの良さを再確認する。

『若いときはカセットテープの音楽ばかり聴いていたよな』

『そういえば松田聖子(さん)のパイナップルってアルバム、、』『絵美子とのドライブでは必ず聴いていた。』『絵美子が好きな歌手だがジャズ好きな俺にはよくわからない趣味だな』などと気取っていたのだが、実は名曲揃いの名盤だな、と後で思うようになった。真夏のドライブには必ずかけていたな、、と感慨深く思い出す。疲れた頭に思い出のシーンが流れる。勇志は夢うつつになりながらアクセルを踏んでいた。

"『ね、三曲目をかけてよ』"

『何だよ順番に聴けばいいじゃん。』

『今聴きたいの』

テープが痛むので早送りはしたくない勇志だったが、仕方なく三回早送りボタンを押した。

『カセットテープって伸びるんだよ』

『ちいさいこと言わないの』

音楽配信の普及した今の時代からは考えられない手間と心配だ。

勇志は懐かしく過去の回想にひたっていた。大型の高速バスが右から勇志の軽四を抜いていく。水飛沫がフロントガラスを直撃する。ワイパーをフル稼働させてハンドルを握り直した。みずたまりを踏まないように注意深く運転する。左横を流れてゆくキロポストの表示は100m毎に数字が増えて、東京からどんどん離れていくのを勇志は感じていた。
 

 土曜日の昨日、栄介寿司で絵美子とLINEしていた勇志だが、今朝、愛車に乗り込み近所のガソリンスタンドで満タン給油しながら少し考え込んでしまったのだ、、
迎えに行くのは強引だったと。素直になれないのが悪い癖だと自分でもわかっているのだが。絵美子の本心はどこにあるのか?

勇志は昨日のLINEやりとりを思い出していた。

『今から来てもいいよ』、、、

『お迎えはしんどい』、

『冗談だよ』、、

『おれはいつでも本気だよ』『、、、』既読スルー

やっぱり、もういちど送信した。ちょっとくどいと思ったが。

『絵美子、やっぱ迎えに行くよ』

すぐ既読もつかない返信もないからドキドキしたな。

三十分後にようやくだった。『いいよ来なくて』か、、

、『一人で海老料理かよ』

『悪かったわね!』

『、、、(T_T)』ピコッ

『明日、着いたらLINEするよ、いつどこ?』

『日曜の十時チェックアウト』『白樹屋旅館』『アッシー』

『了解!待ってろ』

なんだ、あのやりとりは。まだ俺は絵美子が好きなんだが

絵美子は腐れ縁の友人にしか思っていないという。

お互い独り身をとおしてきたのだが、絵美子はどうして結婚しない?

知りたい。俺は絵美子の本心を、、


②日曜日のドライブ、思考のフライト


雨の新東名は山の中を新規格のトンネルで貫きながら単調につづく

眠気と疲れが勇志の背中にへばりついて離れない。

ひと口コーヒーを胃に流し込む。コンビニのコーヒーはとても美味しいのだ。
『もっと美味しいコーヒーを味わってみたいもんだ』『喫茶店でも開業したいが』

目が覚めるように、ある一場面を勇志は思い出していた。副操縦士として緊張の連続だったころのこと

コパイとして初めての国際線運航時、あれはお客様搭乗の前チェックリストコンプリート後のことだ、、

意外なタイミングで、チーパーのCAからコックピットにコールがあった。

コールの内容を機長に伝える。『内田キャプテン、飲み物は何になさいますか?と、』『そうだな私はコーヒーをたのもう。』

『酒井機長もコーヒーでいいだろう』

後方のジャンプシートに座るSICの酒井機長も答える

『はい、熱くて黒い魔法の飲み物を、と伝えてください』

いいね、と、ダブルキャプテンの笑顔は緊張した若い勇志をやわらげる優しさでもあったのだが、新米コパイの勇志には、それどころではない気がしていたものだ。

『それなら僕はお茶で』

勇志はCAにコールバック、コーヒーふたつとお茶を頼んだ。

『あまり喉も渇いてないのですが、、』

『まあ、そういうな。このあと離陸したら彼女たちは旅客サービスにはいる。最低三時間は何もコックピットサービスができないんだからな。』『湿度がゼロに近い環境で』『喉を潤す飲み物は重要なんだ』

ポツリポツリと呟き、酒井キャプテンも

『水分不足で血流がわるくなるといけない。たしかに些細なことだがね。職務上、安全確保のためにはちょっとしたことも自己管理してそなえるもんだよ』と激励してくれた。

組合の働きかけにより以前よりはマシになった、と酒井キャプテンは言う。水と氷、おしぼりもセットしてある。路線によっては食事時間をまたいで四、五時間以上なにも出ないことがあったが、それを問題視した結果改善されたという。

『水分補給と美味しいものは安全確保のキホンのキ、だろ?』と内田キャプテンもつぶやく。滑走路のみずたまり、ブイローテッドからの浮遊、

、、まるで国際線の旅だな。絵美子を追っかけて、、軽四を運転しながら勇志はニヤニヤとしていた。フライトもそうだが、空間移動がやはり好きなのだ。『塾講師はじっとしてて性に合わないな、、』コーヒーはとっくにさめてもいるのだが、もう一口飲んでハンドルを握りなおした。『そろそろだ』カーナビの指示するインターチェンジが近づいてくる。FMSのとおりに飛ぶ飛行機のランディング時の思い出と感覚を握りしめながら勇志は気持ちを引き締めた。

『目的地はもうすぐだな』ラジオを消した。カープレイに切り替えてランダム選曲する。無機質な調子で『コノサキ右ホウコウデス マモナク右』
ナビの合成音声がときおり邪魔をする。勇志の車は着実に絵美子のもとへと近づいていく。あんなに降っていた雨もいつしか上がり、薄曇りの日曜日になっていた。

『絵美子は昨夜エビ料理食ったんだろうなーホタルも見れたかな?温泉どうだったかな?ゆるりと眠れたかな、、』勇志の関心は絵美子のことだけで占められている。疲れや腰の痛みなどいつのまにか忘れ去っていた。カープレイは松田聖子(さん)の5枚目のアルバム『PINEAPPLE』三曲目に収録された『ひまわりの丘』を選曲した。、、1982年の発表か、、と驚く。

『ね、三曲目をかけてよ』という絵美子が助手席にいるようだ。
ひまわりの歌かよ、、
『ひまわりは皆同じ顔で同じ向きで、みんな黄色なのが』『いまいち苦手なんだよな』
『あたりまえじゃない!へんなこと言うのねえ』
『同調圧力みたいでさ、航空業界の』
『あっ、ひまわり畑よ、みてみて!』『運転中だ、見ない』『がんこねぇ』
、、、思い出が走り去る。戻れない時間が勇志を苦しめた。
『ひまわりの丘』♪静かなピアノのイントロでフェードインして勇志の心をあの頃に引き戻しているのだった。

 日曜日の街なかは車も少なく、いつしか雨は完全に上がっていた。ひまわりのようなお日様が勇志の右腕をじりりと、照らし始めた。空が黄色くみえるほどだ。

『ひまわりの黄色はビクッとするな』黄色信号で停車した。夢見温泉まであと一キロほどだ。

 


③土曜日の午後、絵美子


土曜日の午後、商店街で昼食にいろり庵のたいやきを食べたあとタクシーにて夢見温泉に来た絵美子は、チェックイン後にお風呂を頂くことにした。そのあと六時半から海老三昧の夕食、おなかを満たしたあと『蛍の夕べ』散策にでかけるつもりだ。温泉地からバスで二十分ほど離れたあの懐かしい川沿いの街のイベント、、わくわくしていた。

 夕方の大浴場は広々と、日暮れどきの薄暗い露天風呂も人影まばらで絵美子はゆったりと温泉に浸かることができた。勇志のLINEに既読スルーのままでドキドキがまだおさまらない。

『疲れた、ひどい顔だわ、、』と内風呂から露天風呂が見通せる大きな一枚ガラスにうっすらと映し出される、湯けむりの向こうの自分の顔を見つめた。生きてきた来し方が全部シワになっている、そんな説も納得できる表情だわ、と自分に自信を無くしていた。

『あまりゆっくりのんびりできない、、』と絵美子は風呂から上がると美しい烏の濡れ羽色のようなセミロンヘアをかるくドライしてダンゴに結わえる。カラーリングがうまくいったのね、と自分の髪の色味にホッとした。

そのまま脱衣かごの真新しい浴衣を取り出して袖に手を通した。

白樹屋の『選べるユカタ♥️』サービスで、外出もできるカラフルな浴衣と帯を貸してくれるのだ。深い茶色ベースに美味しそうな鮮やかなえび色、星月夜を思わせる夜ふかしの紫色、みずたま模様、そんな配色の好みの浴衣をチョイスしたのだ。洗面台横の姿見に全身をうつして再度チェックをした。清掃係のおばさんが愛想よく会釈しながら洗面台を拭いてまわる。

『なかなか私もいけてるわね、似合ってるかな』と心に呟く。

『勇志に見てもらいたい、、』『いやいや、、、』来るはずないし、と打ち消す。来てもいいよって言ったのにな。

部屋に戻る。スマホの通知を見たらまた勇志からのLINEが届いていた。おさまっていたドキドキがはじまった。

『絵美子、やっぱ迎えに行くよ』

いつも強引だわね。最初から素直に行くよって言えばいいのに、、結局何通かのやりとりのあと明日のチェックアウト時に迎えに来てもらうことにした。『日曜の十時チェックアウト』『白樹屋旅館』『アッシー』、、まぁ、いいかぁ、、勇志には悪いケド車があれば助かるよね『了解!待ってろ』か、へんなの。スマホを置いて深呼吸をひとつ、、私がずっと待たせているのかな、と絵美子はぽつりとつぶやいた。勇志はどうして今も一人なの?忘れがちな疑問が
絵美子の左脳をよぎる。理詰めで解決しようとしたが答えは出ない。『がんばれ、私のウノさんサノさーん!』と呟く絵美子だった。


④土曜日の夕方、海老三昧の絵美子


 『御夕食をお持ちしました』

仲居さんが夕食を運んできた。部屋をノックして挨拶のあと、大きな脇取盆をもって御膳に手早く料理をセットしてゆく。無駄のない粋な身のこなしに絵美子は小さく正座したまま見とれていた。

部屋のテレビはあえてつけずに、静かな時間が流れる。

『わぁ、きれいですね、、』手慣れた初老の仲居さんが先付けから順序よく料理を提供してくれる。御椀、御造里、御煮物、御凌ぎ、、気持ちの良いタイミングで料理は続く。とくに御口取りで出てきた車えび焼物は絶品だった。

『美味しい!』おもわず絵美子は声をあげた。『ありがとうございます、ではこれにて、、』と最後のほうじ茶プリンとフルーツの小皿をセットして

『お食事がお済みになられましたら、内線九番までお知らせ下さいね』

『その後お布団敷きにあがらせていただきます。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいましね』と丁寧に告げて出ていった。

ゆるりとご馳走をたいらげた絵美子は部屋の時計をみておどろいた。

『あ、バスの時間が!』

内線九番に食事が済んだことをつげると、絵美子は財布とスマホをいれた巾着をあわてて手にして部屋をロックした。旅館の長い廊下を小股で急いで歩きエントランスホールまで来たら、ちょっぴりうれしいような、いけないような、複雑な想いで部屋の鍵をフロント係に預けて枯山水のある大きな玄関から外に出た。車寄せを横ぎる。おなか一杯で幸せな気持ちと、勇志との腐れ縁を、浴衣の袂にしまうように腕をくんだまま小股の小走りで停留所にむかった。

夜の入口は蒸し暑い紫色に染まり、空にはあついグレイの雲がいちめんに広がる。絵美子はホタルの出てきそうな予感を感じていた。


 絵美子を乗せた0127系統のバスが、薄暗い川下南側の停留所にキキーッというブレーキ音をたてながら停車した。ドアが開き運賃を支払って懐かしいバス亭に降り立った。

浴衣姿を気遣って若い運転士さんが『足元お気をつけて、ゆるりと下りてくださいね、』と降り際にやさしく声をかけてくれた。ありがとうございます。絵美子はお礼をいって停留所をあとにした。

『そんなに変わってないようね。』

二十代の頃に勇志とドライブデートで訪れたときの雰囲気はそのままな気がした。どこかに置き忘れた日傘を探すつもりで前回ひとり訪れたときと空気感もさほど変わっていない。

五十代を目前にした絵美子は、海老を食べたくて蛍を見たくてここまで来たのだ。勇志も日傘も今の私には過去のもので、私は今の自分の時間を大切にしたいのだ、いつしかそんな気持ちになっていた。

『今がいちばん若いのよ!』と去っていくバスを見送った。


⑤土曜日の夜、蛍のゆうべ


~カラカラーン♪コロン~喫茶さくらのドアのベルが店内に響く。ここは絵美子の目的地のひとつだった。川沿いの街に入ったら店の並びを数えて13番目、の小さな建物がそれだ。

桜ブレンドのコーヒーと、ハンチング帽子の店主さん、懐かしいわ!と心の中でひとりごちながら絵美子は店内へと入っていった。お客らしき人はいない。薄暗く落とした照明にカウンター上のサイフォンの炎のゆらぎが幻想的だった。西洋リンゴの花、のケントの絵が飾られて、がまくんとかえるくんをモチーフにしたかえるさんのオブジェや古い椅子に全体がバーントアンバーにまとめられた色彩がマッチする。コーヒー豆の香りも豊かに、時間の流れがゆるりとなる。

『いらっしゃい、、おや、まぁ!』

『こんばんは』

『もしや、日傘をおさがしの』『あの、おじょうさんかね!?』

『ふふっ、そうです!ごぶさたしてます。』

『こりゃあーおどろいたの、お元気かねー』ハンチングの下の細い目がよけいに細く垂れ下がって、ほほえみでできた目尻のシワが、いよいよ優しくあたたかかった。なつかしさと安心感で絵美子は泣きそうになったが

『おかげさまで、マスターもお元気そうね』

『ちょうど日傘の忘れ物とおじょうさんのこと』『おもての蛍を眺めながら思いだしとったんじゃ』

『まぁ、それは光栄ですわ』『私も蛍のゆうべ、を見物するため遊びにきたの』

『おお、歓迎するぞい』『白樹屋さんの浴衣じゃのう、お似合いじゃ』『どれ、ホタルブレンドをごちそうしようかの』

『新メニューですか』

『そうとも!ホタルの時期だけの期間限定じゃ』

『楽しみですわ』『おじゃまします』

絵美子は窓際の川に面した席に座るとスマホをチェック、広告メールが一つ。『広告かぁ、メール消そ、、』そして窓の外をちらと見た。時刻は八時をすぎていたが、蛍見物と思しき人たちが暗闇のなかを行き来する様子が見えた。子連れ夫婦に、年寄を交えた三世代に、友人同士、カップルも、りんごを手に探偵のコスプレする人が目をひく。

『中年女性のおひとりさまは』『いないよねえ』、、そんなことを考えていると『だれのための人生なんじゃ?ははは』『浮かない顔してたら』『べっぴんさんが台無しじゃ。をを!なんともきれいな浴衣じゃのう』といいながら店主はホタルブレンドなるコーヒーを、トレイにのせてきて絵美子のまえに静かに置いた。紫の湯気に香ばしいアロマ、ひとめでいい珈琲だとわかる。春や空や、そんなイメージの色気ある香りだ。

日鳥ひとりという幻の鳥をご存じか?伝説では大空をこえ大宇宙をこえ自由自在にどこまでも飛んで行ける鳥じゃ。わしはおじょうさんの日傘は日鳥となって宇宙に羽ばたいていったようなきがしておる!』

『ふふ、またマスターの出まかせですの?』

『ばれたかのー!?』ははっ、ふふふ、

『ささ、冷めないうちにお上がりなさい』

『いただきます』

外の川沿いの道は見物しやすいように街灯も暗くして、蛍と観光客に配慮している。すこし離れた公園広場をりようした特設ステージでは地元有志のジャズバンドのトリオが音量をおとして静かにスタンダードを演奏している。
ピンクのTシャツを着たベース弾きはヤマハのPJ/タイプのベースを始動させてボン🎵とスィングしてご機嫌だった。
何件かのSUZURIと描いた看板の露店も出ていて美味しいにおいと煙が舞っていた。明日は日曜日、勇志は本当にお迎えに来るのかしら?コーヒーを味わいながら、とりとめのない想いが交錯する。まるで蛍の乱舞のように目の前を思考だけが飛び回るのだった。

『その浴衣は』『まるで夏の三原色じゃな』
『なんですの?それは』

『ある有名なイラストレーターの画集のタイトルじゃ』店主はあきれて、イシノアサミ(さん)を知らんのか?という。絵美子ははじめてきいたのだが。
『あれはすばらしい個展じゃった。古い町で開催された伝説のひと色展にも行ってきたぞい』

『人はみな三原色を胸に抱いて生きておる。』『わしも三原色をもっておるぞ』

『そうなんですね!えーと浴衣は自分で選んだ好きな色です。』なんだろ三色、、『ふふっ茹でた美味しいえび色』『星月夜の夜色?紫っぽい』『地域貢献の仕事の、地面の茶色かな』三つの色、あった。

ほうっなかなかのセンスじゃ!わしも教えてやろう

『喫茶さくらの桜色』『ほたるの光の淡い黄緑』『上流のひまわり畑、まぶしい黄色』そんなところかの、、

と目尻のシワがやさしくほほえむ。


絵美子の浴衣、三原色
◇スカーレットレーキ~えび
◇キナクリドンバイオレット~星月夜
◇イエローグレイ~地域貢献

店主の生きがい三原色
◇ブリリアントピンク~川沿いの桜
◇フーカスグリーン~蛍の乱舞
◇ガンボージノーバ~上流のひまわり畑



『色には命がある、どんな色にも顔がある』『けれども』『さいごに色に色をつけるのは心なのだと思うのー』

『なんだかわかるような気がしますわ』
『ひまわりの黄色を苦手だ、という人がいますの。』勇志のことを店主に語った。

『上流にいけば、ひまわりの咲く広大な丘がある。梅雨があけて』『夏が来たら、その誰かと行ってみなさい。きっと黄色が好きになるじゃろう。』『色に命を与え、意味を見出すのはその人次第じゃがの』

店主の言葉に絵美子はしずかに頷いた。蛍の乱舞はピークを迎えている。
コーヒーを飲み干して勘定をすませたら、喫茶さくらをあとにした。
暗がりにぼんやりとフーカスグリーンの点滅がちらちら、蛍たちは有限の命の光を絵美子に見せてくれていた。

~つづく~




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