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祖父の義足


昨夜の夢から出たものは涙だった


敗北のそれは

枕を洪水で濡らしても

やがて渇いた水の青焼き図面が
うすら寒く心を染める

遠い夏の記憶はそのように
私には渇いた絵図面だった


夏祭りの雑踏を歩みながら思いは彼方へ

雑踏に身をまかせ歩くようには歩けなかった祖父の脚

義足のそれは

空襲の悲劇

民衆の戦いがあちらこちらに
痕跡を残すように
義足の声はギシギシと鳴き
幼い私の耳に残るのだ

脱衣場で座り込む
義足を外す背中にあのとき夏をみていた


夏祭りのお囃子がきこえる


戦争のない状態が平和なのか
今隣人と争うあなたの心にも問う

家庭で争うあなたにも問う

交差点で怒鳴り先を急ぐあなたにも問う

競争の渦中にいるあなたにも問う

売り上げに血眼の
出世の為の先を争う御仁にも問う


すべては幻想の
平和の囲いなのか
闘う民衆の有りようは
まるで戦争なのか


平和への道の途上に

いたしかたなしと
礫を手に自分を責めた義足のしおれた背中

無力の平和に泣く我の

突きつけられた剣先の冷たさ

すぐそこに実体をもって
祭り囃子はせまりくる

誰がこの叫びをききとどけようか
水平線の上にたつ雲の影に月

もしも微力な私の願いがきこえるならば
それは無力ではない

もう二度とあってはならない義足よ







もうすぐ八月十五日

設計士だった祖父は不用になった青焼き図面を、落書き帳にしなさいと私にくれたものだ。

戦時中にくるぶしの先を失いながらも、逞しく生き抜いた祖父の足跡を思い出す夏。

二度とあってはならないと祈念する。


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