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髪を切った話。

ずっと髪を長く伸ばしていた。そして、その髪を切ろうと思った。

私の通っていた小学校では、校則で肩に髪がついてはいけなかった。平成も半ばの時代のことだったが、前髪も眉にかかる程度まで、ヘアピンも結ぶのもダメ。今は変わっているのかもしれないけど、おかげでショートカットかボブカットかベリーショートしか選択肢が無かった。

半分くらいの同級生は同じ中学に上がって、時代錯誤な校則に解放されると同時に髪をみんな伸ばし始めた。ショートと伸ばすのとどっちが似合うかはさておき、6年間縛られ続けたぶん、一度くらいは伸ばしてみたいという願望があった。私ももれなくその中の一人だった。

伸ばしかけでひっつめて結んでいたのをある日下ろしたら同級生のKくんに「女子っぽい」と言われたり、そのあと伸び放題になっていたのをポニーテールにしたらまた「女子っぽい」と言われて、お前の中の女子の基準はいったいなんだったんだ、おい。だいたい私が髪を伸ばそうが切ろうが結ぼうが戸籍上も性自認も間違いなく女子だ。

…なんて今なら言い返せるのかもしれないけど、当時の私にそんな勇気も語彙力も無いわけで。
そんなさなか、中学2年生のときに事件は起きた。

そのとき男子に何気なく言われた「男じゃん」の言葉が、心のやらかいところにグサッと刺さって、抜けなくなった。
深い深い、呪いだった。相手はきっとかけたことも覚えてないだろう呪い。

そんなこと言われずとも髪は伸ばしている最中だったけど、多感で敏感で繊細な中学生にはちょっと辛すぎて。ああそう見えるんだな、そりゃそうだよな、わたし全然可愛くないし口悪いし口より先に足が出るような人間だもんなあ、服も男の子っぽいしなあ、好きな人にも振られたし……とウジウジ考えて、考えていたら、ズボンは履けなくなったし、髪も切れなくなった。
それからずっと髪は長いままで、肩より短くできたことは無い。
幸いにも伸ばした髪は似合っていると褒めてもらえて、ポニーテールは私のトレードマークだった。きっかけは恋愛と悪口だとしても、髪を伸ばしてひらひらとしたスカートを身に着ける私のことを私は好きだった。

高校生になって、そのとき付き合っていた人は長い髪とロングスカートが好きだと言っていた。ストライクゾーンどんぴしゃじゃん、これは勝てる、と思って押したら、初めて出来た恋人だった。
だから無理に自分を変えることは無かったけど、でもその承認されている自分を変えるのは怖かった。変えたくても出来なかったし、まあ今のままでも好きだし、これが好きって言ってくれるし、まあいっか。余計に長い髪とロングスカート以外を出来なくなった。
今思えば、悪意だけじゃなくて好意による褒め言葉も場合によっては呪いになり得るのかもしれない。その頃のことを気にしてはいないが、それだけ私は臆病だった。

大学生になって、なんの思いつきか忘れたけど、髪を切ろうと思って、鎖骨にかかるくらいのミディアムヘアにした。環境が変わったこともあったし、伸ばしすぎて邪魔になってきたから丁度いっか、って感じで。
ショートとまでは言わないまでも、それでも数年ぶりにその短さにした。髪を切ってからドキドキしながら友人と遊びに行ったら、超可愛い、似合ってんじゃんと褒められて良い気になった。他の人たちにも褒められて、あれ、案外いけんのかなって思った。単純なものである。
何がいけるのか分からないけど、少しだけ変化が怖くなくなった。

そこからしばらくはまた髪を伸ばしていた。これは誰かのためと言うより、成人式が一年半後に控えていたからだ。短く切り揃えてしまうよりは長い方がアレンジも効くし、自分らしいだろうと思って伸ばしていた。
そんなときどこかでヘアドネーションの話を聞いた。元々知ってはいたのだけど、確かにそんなのあるなあ。今から成人式まで伸ばしたら足りるくらいの長さになるんじゃないのかなぁ。どうせ長さはどうあれ成人式後には一度切りたいよな、えっどうせならただ伸ばした私の髪が誰かの役に立つなら良いじゃん、お得じゃん(?)……なんて思ったわけだ。

とはいえ伸ばしていても、30㎝も切ったら相当短くなるのは容易に想像できた。かなり迷った。似合わなかったらを考えるのが怖かった。
妹も母もショートだし小学校6年間ショートだったし、理論上はいけるはず、でもずっと長かったし、てかやっぱり短くするのは怖い、「女の子」っぽくなくなったらどうしよう……相も変わらずウジウジ考えていた。

同じ頃、人生の中で2人目の恋人が出来た。
私のことを何から何までひたすら褒めて認めてくれる、褒め殺す気かってくらいとにかく褒めてくれる、優しい人だ。
勿論それはもう嬉しくてたまらなかったのだけど、最初のうちはやっぱり変化が怖かった。髪切ろうかなあと迷っていたのも含めて、今は可愛いって言ってくれるけど切って微妙だったらなんて思うかな、どうしようかなぁ。
でもあるとき、彼はこんなことを私に言ってくれた。

「見た目とかじゃなくて中身で好きになってるから。今の服とか見た目も似合ってるし好きだけど、たぶん何着てても痩せても太ってもそれはそれでアリだなって思うし、好きだと思うよ」

……全肯定botか??????なんて大混乱したのは置いておいて。
ちょっとした衝撃だった。そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。同時に、ああ、変わるって悪いことじゃないのかもしれないと思った。

結局ずっと恋愛に影響されているあたりがメンヘラっぽくてなんとも言えない。やっぱり単純な人間である。
単純だけど、ウジウジと弱い私にずーっと、6年間もかかっていた呪いを、彼は解いてきた。綺麗さっぱりと言えるほど振り切るのはまだ難しいけど、大丈夫なんだなって思える御守りみたいなものを手渡してくれた。

そして成人式も無事終わり、やっとヘアドネーションについて調べて、美容室を予約した。
前日、お腹にかかるほど長く長く伸びた自分の髪を、いつも邪魔で結びっぱなしの髪を下ろして鏡を見たら、なんだか不思議な気持ちだった。
これ明日には切るのかー、すごくない?微妙だったらどうしよう。予約しちゃったのに?今更?いやでも。うわ~緊張するなぁ…そんなに大層時間をかけて伸ばしていた訳でもないけど、今までの2年に満たない大学生活の中で伸ばしてきていたことを考えると、少しだけ寂しくなった。

そして当日。美容室で鏡の前に座り、髪の毛束をいくつかに分け、「じゃあ切っちゃいますね」……バッサリと、あっけなく。
まだ整えもせず、切りっぱなしにしただけの短い髪で鏡に映る私がそこにいた。そしてそれは案外、悪くなかった。

えってかめっちゃ良くない?大人っぽくない?すごい。伸ばし放題のくせっ毛よりちょっと垢抜けてすら見え、あれ?いや結構似合うのでは???
なんて頭の中で自画自賛しながら、美容師さんが綺麗に毛先を整えていくのを鏡越しに眺めていた。実に8年ぶりのショートカット姿。

髪が短い小学生時代の私を、私はずっと嫌いだった。短くするのも、なんとなくその頃を思い出す気すらしていた。
でも8年という歳月で、私はメイクを覚えたし、服装も変わって、少しは大人にもなった。
男の子と間違えられてばかりの小学生の私は、どこにも残っていなかった。

本当に似合っているのかは、まだよく分からない。誰かに次会うのは、やっぱり、ちょっとだけ怖い。
でも軽くなった頭の私は、思ったよりずっと良くて、思ったよりかなり気に入った。たぶん、友人や彼は、似合っていると笑ってくれるだろう。

「別人みたいね、新しいお誕生日おめでとうって感じね」

帰る前に、美容師のおばちゃんに言われた。

うん、確かに。大袈裟かもしれないけど。でもなんか、良い、ワクワクする。ちょうど20歳だしね。

新しい私、初めまして。これからよろしくね。

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