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革命の日・エッセイ


友人に、極左冒険主義者だと思われていたらしい。


「あなたが暴力革命を起こしたら、まず私が真っ先に殺されるのでしょうね」

旅行中にサラッと言われた一言を、私はしばらく忘れられずにいた。
どうして、そんなことをいうのでしょう。今までに私が一度でも富裕層に対する、資本主義社会に対する悪態をついたっていうの。今の今まで一度たりともないでしょう。第一、私は血の気の多いタイプではない。加えて所謂「アカ」思想の支持者でもなければ、毛沢東語録を高く掲げて称賛したこともないし、なによりも、「革命」というものは思想の域を出ず、実行するにはあまりに浪漫的な机上の空論に過ぎないというのが私のぼんやりした見解であるからだ。人を殺すのも、いや、傷つけるのさえ、決していい気はしない。それがいかなる「階級」の人間であっても、いかなる「大義」のためであっても……。

おそらく、友人の発言は会話の文脈を汲み取った戯れに過ぎないのだろう。
文字に起すと物騒なものだが、意図こそ軽薄な、談笑の一辺でしかない。
あまり深くは考えないようにしたい。っていうか、案ずる意味も多分ない。
漢字をふんだんに使った社会的政治的な用語を引き合いにして、「思想ごっこ」してるだけなのだ。いわば、小難しいおままごとなのである。


今日、その友人に会い、新宿の喫茶店でそのことを話した。

「北海道で夜話してた時、こんなこと言ったじゃない。家に帰ってもそのこと覚えてて、思い出して少し凹んだの。ねえ、私ってそんなに思想犯っぽく見える?」

意外そうな顔をしたあと、彼女はいつもの甘ったるい声で返した。

「えーッ、そんな風に受け取ってたの。ごめん、ごめん。落ち込まないで」

もう昭和でないのだから、「アカ」思想を抱えている人間に対して深刻な警戒を抱くことはない。しかし、私は彼女の反応をもってしても、いまいち腑に落ちなかった。

「どこらへんの挙動でそう思ったのさ。全然心当たりないんだけど」

そう。心当たりがないのである。平々凡々と生きていて19年、政治的な思想に傾倒したことなど一度もない。加えて彼女は、私のことを「法を順守する、お利口さんで、警戒心のないアホ犬」だと思っている。猶更その懐疑の出所がわからない。悪意がないことだけは分かっているのだが……。

「強いて言うなら、思想犯みたいな面した人間のシール貼ってた。スマホに」

それはオモコロ記事で「容疑者顔選手権」やってた時のマッハ・キショ松!

記事内のマッハ・キショ松

「それ、私悪くないじゃん。思想犯面したマッハ・キショ松のせいじゃん」

「好んで貼るお前に非がある」

「いいえ。文句なら、ちょうどいい顔したマッハ・キショ松 或いは商品化したBHBに言って」

小競り合いになってきた。

「……そら確かに、高校の時、日本共産党と学生運動を躍起になって調べてた時期もあった。あったけどさあ。革命は思想であって政治ではないの。究極の理想に手を伸ばす人間たちの群像そのもの、彼らが浮かされた熱に興味があっただだけで……とどのつまり、ある種のロマンなの。虫が嫌いでも、虫を閉じ込めた琥珀は綺麗だなって思うのと一緒よ。蜂起して政府を破壊するとか、そういうアナーキーな考えは毛頭無いんだから」

言い訳するように演説したあと、私はこう付け加えた。

「革命家っていうのは大体、活動資金を提供するパトロンを抱えているじゃない。マルクスとエンゲルスみたいな。仮に、私が革命するぞって活動を始めたら、あなたは私のエンゲルスになるでしょ」

マルクスとエンゲルスは生涯を通した友人であったことを含意した上での発言である。私と彼女は類を見ない親友であったから。こういう突拍子もない「無い話」は、二人の定番の暇つぶしであった。
しかし彼女は間髪入れずこう答えた。

「絶対、嫌」

うそーん。即答。

「絶対に嫌!わたくしは、我々に盾突く民草なんぞ虫ケラの如く捻りつぶしてやりますわ。それこそ資本の暴力で」

すっかり高飛車お嬢様のスイッチが入ってしまった彼女は続けてこうも言った。

「日本の平均年収を、上げましょう」
つまり下層部を一掃してしまいましょう、ということだ。

「ええ、なってくれないのお。私のパトロン」

ヘナヘナと顎を机に下して、大げさに嘆いてみせた。なってくれないんかい!私のエンゲルス!(こう書くと必然的に私がマルクスになってしまうけれど)

「じゃあ、こういうことね。私が、革命の主格の、それこそマルクスみたいな奴と一緒に、資金の提供と諸々の協力を仰ぐため友人であるあなたの大きな屋敷を訪れるとするでしょ。それでリーダー格の奴があなたに交渉する」

「嫌よ!誰が自分の地位を脅かす暴力的な行為に協力するものですか」

「そう。あなたはそれを拒否する。で、私が『マジかよ信じらんない』って顔で二人を交互に見る」

「フン。帰って頂戴。……帰れるものならね。
ガシャン!」
彼女は手を上から下に落として、客間に私らを囲う鉄格子を落とした。

「急にデスゲームはじまっちゃったよ」

「生きては帰さない。ブルジョアジーとして徹底的に異分子を潰す」

ギャハハハハ。
喫茶店の一角に私と彼女の笑い声が響き、悪趣味な寸劇は終わった。

二人の話題は、先程一緒に観た新作のピクサー映画に移っていった。

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