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彼×彼女=私2(カレとカノジョはワタシの事情)

内容紹介
『カレとカノジョはワタシの事情』【ノベル形式】

「若返りの遺伝子」を操作した!?
 若返り過ぎて前世にまで戻った!?
 前世での自分は現世での自分の父親だった!?

 佐藤吉美は、究極美術研究所が発見した「若返りの遺伝子」を操作したところ、若返り過ぎて赤ん坊になり、さらに若返って姿を消してしまう。
 タトゥーアーティストの佐藤浩美は、一卵性の双子である吉美が自分と同一であった遺伝子を操作したことに驚き、戸惑い、彼女の足取を辿って行く。
 超高齢社会に突入したこの国で、かつて、多くの新産業、新業種の半分以上を創出していた大阪のルネサンスを目指した野心家に巻き込まれた、それぞれの事情とは?

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       野心家の自浄

        6-3《高飛び》
 
 研究室で吉見浩博士が資料の整理をしているところへ、加藤がさっき野口の買収に使おうとしたジュラルミンケースを持って現れた。
「博士、予想通りや。これ、とりあえず現金で一億や」
「所長、これ――」
「心配するな。全部借金や」
「え? 借金て?」
「知らんかったんか? そんな羽振ええわけないやんけ――ええのぉ、学者は研究のことだけ考えとったらええんやから」
「――じゃ、このお金は」
「踏倒しや。息子と――後は博士の分だけあったらええんや――アンチジャの方はもう手配してある」
「所長、アンチジャへは所長も一緒に」
「オレはもっと遠い所に高飛びするつもりや」
「え? どこですか? また会えますか?」
「前世や」
「所長?」
「悪いけど明日、先にオレを飛ばしてくれるか? 博士の方はそれからでも、まだ間に合うやろ」
「所長! 所長はワタシの恩人です! 一度はここを飛び出して彷徨っていたワタシを拾って、もう一度やり直させて下さった。あのまま野垂れ死にしていたかも知れないのに。そんな所長に出来ません!」
「せやから、こうして頼んでるんや。恩返しやと思ってやってくれや」
「まだ前世に戻るって決まった訳じゃ――」
「けど、ブタ箱は決まりや。このまま行ったらな」
「一緒にアンチジャに行きましょう。そこでまた研究を続ければ今度こそ」
「――オレは昭和四十五年生まれやから――前世は昭和四十四年より前のはずや。その頃の大阪て、万博に向けてガンガン行っとった頃やで」
「――」
「十年はかかるていう万博を五年でやったんやから、そら並のエネルギーやないで」
「ワタシも何度も何度も行きました」
「――ところがその万博を頂点に大阪は落ち目になった。何でか分かるか?」
「いえ」
「巨人のV9を許したからや」
「――」
「これ、止められるかも知れへんで」
「え?」
「太るな、言うんや。あの奪三振王とホームランアーチストの黄金バッテリーに」
 加藤と博士は笑った。
「前世に戻って大阪の運命を換えてやる」
「――大阪の若返りの遺伝子、操作したらどうなるでしょうね。大阪も前世に戻ってしまいますかね」
 とんでもないこと考えよんのぉ、学者ていう奴は。
 そんなことされたらワシもたまらんで。地球ごと前世に戻ってしまいよるわ。
 よう、大阪だけは外国や、ちゅなこと言われるけど、ほんまはみな根底でつながってんのや。
 一人の変化は一人だけでは済めへん。つながってるもん、みな変わって行くんや。つながりが強かったら強い分、影響も大きい。
 ――そら、浩美も「若返りの遺伝子」を操作したい、言い出しよるわ。
 けど、加藤の場合は二人と訳が違うやろ。
 加藤は窓の外――『究極美の像』に視線を向けた。
「ワタシも昔から大好きでした。究極美の像」
「――まだオカンが病院の事務やってた時、毎日あの像を眺めてたら、イケメンの医者と奇跡の出会いがあって、結ばれたんやて」
「それが所長のお父様ですか――実の」
「教団、病院の跡取りの産みの親が行き摺りやて。嘘くさい話やろ?」
「いえ。きっと本当ですよ。所長もハンサムでいらっしゃいますから」
「何も証拠、残ってへんからな。すぐ姿、消したやて。宇宙人やったんちゃうか? アポロ月面着陸の日に出会ったんやていうから」
「あの日ですか?  ――それこそ奇跡ですね」
「オレは奇跡の出会いなんか信じてへんけど、何かあると、あの究極美の像を眺めて――すると元気が出る」
 加藤はそう言うと、出口へと歩いた。
「博士、ありがとうな。最後、明日、頼むわ」


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