彼×彼女=私2(カレとカノジョはワタシの事情)
内容紹介
『カレとカノジョはワタシの事情』【ノベル形式】
「若返りの遺伝子」を操作した!?
若返り過ぎて前世にまで戻った!?
前世での自分は現世での自分の父親だった!?
佐藤吉美は、究極美術研究所が発見した「若返りの遺伝子」を操作したところ、若返り過ぎて赤ん坊になり、さらに若返って姿を消してしまう。
タトゥーアーティストの佐藤浩美は、一卵性の双子である吉美が自分と同一であった遺伝子を操作したことに驚き、戸惑い、彼女の足取を辿って行く。
超高齢社会に突入したこの国で、かつて、多くの新産業、新業種の半分以上を創出していた大阪のルネサンスを目指した野心家に巻き込まれた、それぞれの事情とは?
野心家の自浄
6-4《約束》
「風は西から吹く」。加藤は、新しいものは西からやって来るのやと言う。
かつて「大坂」という町には武士、権力が殆どゼロの状態で、一般ピープルはいわば放し飼いやった。このことが、大阪が全国から外国のように思われる文化土壌を創った。
彼らはお上、権力をあてにせず、むしろ半ばバカにして、公共事業のようなことも自分たちでやって、自分たちで勝手に町を創っていった。
その後、東京がエコヒイキされるようになってからも一九七〇年代までは、新産業、新業種の七割以上は大阪とその周辺から興っていて、東京周辺からは一割そこそこしかなかったという。
日は東から昇って西に沈むというが、それはあまり正しくない。
ひとたび頂点を極めた太陽が「再び活力を取り戻すために西へ向かう」というのが正しい。
そして蘇生した太陽はまた昇り始める。それが西へ向かうていうことや。
二十一世紀では、自らの蘇生を賭けて、加藤幸一が西へと向かう太陽を追うように車を走らせていた。目の前には僅かに照明を灯し始めた甲子園球場の勇姿が近づいて来た。
後部座席に十三歳の筋ジストロフィーの息子を乗せて。
ある前世研究によると、八十一パーセントの生命が生まれ変わるか、その美しい世界に留まるか悩んでいたという。
その快適な世界から苦痛の多い地上に還ることには乗り気ではないが、それでも地上に生まれ変わる決断を下すのは、何らかの価値を産み出し、新たに何らかの価値を加えるためらしい。
もちろん、加藤の息子も例外ではない。
彼が生まれて、父は遺伝子技術の開発に生涯を捧げたのやった。
加藤が息子の車椅子を押して甲子園球場に近づく頃には、プレイボールを待てない応援団たちの笛や太鼓の音が響いていた。
「悪かったな。お父さん、やっと約束守ったで」
加藤がスコアボードを見上げると、旗が風になびいていた。
「見てみ。甲子園の浜風も西からや」
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