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彼×彼女=私2(カレとカノジョはワタシの事情)

内容紹介
『カレとカノジョはワタシの事情』【ノベル形式】

「若返りの遺伝子」を操作した!?
 若返り過ぎて前世にまで戻った!?
 前世での自分は現世での自分の父親だった!?

 佐藤吉美は、究極美術研究所が発見した「若返りの遺伝子」を操作したところ、若返り過ぎて赤ん坊になり、さらに若返って姿を消してしまう。
 タトゥーアーティストの佐藤浩美は、一卵性の双子である吉美が自分と同一であった遺伝子を操作したことに驚き、戸惑い、彼女の足取を辿って行く。
 超高齢社会に突入したこの国で、かつて、多くの新産業、新業種の半分以上を創出していた大阪のルネサンスを目指した野心家に巻き込まれた、それぞれの事情とは?

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       夢想家の事情

        5-5《生命保存の法則》
 
 アツコは屋上で男・吉美をしばき倒すと、気絶している彼を引き摺って歩き始めた。
 そのまま男子トイレの個室に入ると、アツコは自分の服を脱ぎ、男・吉美の着ている物を剥ぎ取って自分が着た。
 極めつけは職員控室にあった、お誕生会、変装用カツラやった。たくさんある中から盗んで来た、男・吉美に似たモジャモジャを頭に被った。
 そして自分が着ていた服を男・吉美に被せ、個室に閉じ込めたまま、自分は男・吉美に化けた。
 現世では彼は自分の母親――もともと二人は多くの特徴を共有している。絶対に誰にもバレることはない――決意したというのか、覚悟したというのか、そんなアツコは瞳を凛と輝かせると、この「夢講演大会」の会場まで駆け込んで来たのやった。

 遺伝子操作、脳細胞操作と続いて、いよいよ最後の登場となった、男・吉美――実際にはアツコが成りすました――に会場の誰もが注目した。
 ハードルはかなり高い。かなり不利やと言えた。
 けど、男・吉美――アツコはもっと高いハードルを――現世から前世へと飛び越えて来た。
 アツコは目を閉じて、大きく深呼吸をすると、会場内を見つめ、ニッコリと微笑んで、はっきりとした声で話し始めた。
「皆さんは、前世なんて、本当にあると思うでしょうか」
 会場の聴衆の頭上にはいくつもの「?」が浮かんでいるのが見えるようやった。
 何? 前世? さっきまで昭和四十四年当時には超SF級のぶっ飛んだような話やったのが、ここに来て原始的な宗教の話か?
「アメリカのモーリー・バースは、ルーシー・リグビー夫人に、次第に年齢を下げて、その頃のことを思い出させていく退行催眠をかけて、さらに彼女が生まれる前の記憶まで遡らせました。すると彼女はイギリス北部の訛りで話し始め、十九世紀にロレッタ・マッケンジーというアイルランド人であった時のことを語り出したのです」
 ん? 催眠術か?
 過去の記憶を遡らせてトラウマを克服するなどといった目的で施される退行催眠は当時、既に珍しいものではなく、その言葉を聞いた時はまだ聴衆の興味を引くことはなかった。
 けど、退行をさらに進めて前世の記憶まで蘇らせると言うと、一部の人たちは関心を寄せる反応を示した。
 アツコは講演前、男・吉美になりすますと、心療内科の診察室に戻り、気になっていた一九五九年、モーリー・バースの本『永遠の記憶』を開いた。その本のサブタイトルは「前世を語る女 ロレッタ・マッケンジー」やった。
「生命は一度っきりなのか? それとも、生まれて死んでを繰り返すのか? ワタシは後者の方が科学的であると考えます」
 うーん。経験者は語るてことか?
 けど、普通の人にそれは理解できへんで。またまた頭上の「?」が増えるのが目に見えるようやった。
「それは、生命とはエネルギーであり、宇宙には『エネルギー保存の法則』というものがあり、また『質量保存の法則』というものもあり、これらの法則は即ち、『生命保存の法則』ということなのです。宇宙自体が一つの生命体で、その生命体の持つエネルギーは不変で永遠に変ることはない。そう考えた方が理屈に合うと言えるのです」
 この解釈を聞いて、ようやく会場内の「?」は少しずつ薄れて行った。
「すると、死とはどのような状態か。それは、素粒子に分解され、一度は宇宙に溶け込んだような状態となり、また縁の深い生命体のもとに、父親と母親のもとに、来世に引き寄せられて、生まれ、生じるのです」
 そう話すと、アツコは話の向きを変えた。さっきのイケメン吉美と同じように――
「人間も含めた宇宙の全てのものは、分子、原子、素粒子から出来ていて、同じ法則性を持っていて、心の奥底、無意識のさらに深いレベルで、同じ周波数でつながっていて、同じ波長を持つもの同士が共鳴・共振して、引き寄せ合う――この同じような波長を持っているということ、同じような周波数を持っているということが、縁が深いということです。そんな法則がこの無限に広がる宇宙にはあるのです」
 ――それは、いわゆる「引き寄せの法則」やった。これらは、現世で吉美が本で読んでいたことを、思い出したのやった。
 当時は今ほどトランスパーソナル心理学の研究は進んでいなかったが、人間性心理学や、集合的無意識については研究されていて、その類似性から、アツコのスピーチに感心して頷く審査員もいた。
「だから、そんな波動を起こすことが大切なのです。だから――望めば、どんな事も、どんな物も、どんな人も、引き寄せることが出来るんです。そんな偉大な力が宇宙には、人間の心の奥底にはあるのです。今回、ワタシがこうしてこの夢講演大会に参加したのも、誰かが、何かが、ワタシをここに引き寄せたのでしょう」
 アツコと男・吉美を現世から前世に引き寄せた? 誰やそれ? そんな離れワザ。よっぽど強い思いがないと出来へんで。

 結局――最後まで会場内の「?」は消えへんかった。
 結局――どうも今回の「夢講演大会」は――レベルが高いのか低いのか分からず――審査員は随分と迷った。
 結局――有力候補はやはり最後の三人に絞られた。特に吉見浩の遺伝子操作は妙にリアルで、実際に数年後には世界的に研究が進められたのやった。
 イケメン吉美の脳細胞操作というか、共鳴周波数に関する技術も実は米軍などは古くから研究していて、やはり現実味があり、興味深いとの声があった。ただその声の主は全員、女性の審査員やった。
 それに比べて、引き寄せの法則は科学というよりも、宗教めいた色合いも強く、論外やと言う審査員もいた。
 結果次第では現世はどうなるのか――自らを落ち着かせようと、アツコの心臓は三本締めをやったり三三七拍子をやったりを繰り返していた。
 予定時間を少し遅れて、審査員たちは再び会場に戻って来た。
 そして運命の瞬間は訪れた。
「優勝は最後に登壇した心療内科医の佐藤吉美さん!」
 と発表された。
 その瞬間、アツコは心臓から何万ものジェット風船が飛び立つのを感じた。
「強く願えばその通りになる。念ずれば花開く」というアイデアというのか何なのか分かれへんけど、何も道具も使わず、金もかからないということで、全員が大阪出身である審査員の心証を良くしたらしかった。


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