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彼×彼女=私2(カレとカノジョはワタシの事情)

内容紹介
『カレとカノジョはワタシの事情』【ノベル形式】

「若返りの遺伝子」を操作した!?
 若返り過ぎて前世にまで戻った!?
 前世での自分は現世での自分の父親だった!?

 佐藤吉美は、究極美術研究所が発見した「若返りの遺伝子」を操作したところ、若返り過ぎて赤ん坊になり、さらに若返って姿を消してしまう。
 タトゥーアーティストの佐藤浩美は、一卵性の双子である吉美が自分と同一であった遺伝子を操作したことに驚き、戸惑い、彼女の足取を辿って行く。
 超高齢社会に突入したこの国で、かつて、多くの新産業、新業種の半分以上を創出していた大阪のルネサンスを目指した野心家に巻き込まれた、それぞれの事情とは?

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       野心家の自浄

        6-2《イタズラ好きの運命》
 
 加藤幸一は究極の美を追求するという宗教法人・究美会の家系に生まれた。
 教団そのものはたいして大きくはなかったが、祖父の代に経営を始めた病院が意外にも成功して、一族は裕福な暮らしをしていた。
 加藤の母親は若い頃、その病院の事務で働いて、ほんまかどうか知らんけど、その病院で母が運命の出会いをして、そして加藤は運命的にこの現世に生まれた――ということらしい。
 運命的というのは誰にでも平等にイタズラするのか、何不自由なく育った加藤には遺伝性筋疾患の子供が生まれて来た。
 それまで加藤はいわゆるドラ息子で、遊びに遊び倒していたが、その天使が彼のもとに舞い降りると、教団の外郭企業の経営に本気で取り組み始めた。
 加藤は究極美の追求であるとこじつけては、母を説得して投資させ、様々な分野に参入して行った。
 大阪究美会総合病院は究極美術研究所にあらため、遺伝子関連技術を通して、「内側から究極の美を追求」した。
 さらに加藤は美容整形、ネイルアート、タトゥーを通して、「外側から究極の美を追求」した。
 しかし、熱意の空回りはよくあることで、加藤の経営はどれもこれも上手くいかず、タトゥースタジオもその一つやった。

「なぁ、いつんなったら、奥さんと別れてくれんの?」
 高級ホテルの一室――佐藤浩美はベッドで危険な言葉を発した。
 横にいた男――加藤はそんな時も仕事のことで頭がいっぱいやった。
「――タトゥー、何か良いアイデア、ないか? 何か究極美につながると思うててんけどな。このままやったら諦めなあかんのや。何か提案できたら、考えたるわ」
「ほんま? よーし! 頑張るで!」
 女は気楽でええわ、と思いながら、気分を変えようと加藤がフロアにある自販機で煙草を買っていると、彼の後方、一室のドアが開き、「吉美!」と叫ぶ声とともに女が飛び出して来た。
 加藤はその声に振り向き、女の顔を見て驚いた――浩美と瓜二つやからやった。
 しかし加藤は直ぐに頭を切り替えて考えた。
「もしや――」
 朝、加藤はホテルのロビーに現れ、ソファーに座ると、向かいに座っている五十代くらいの男性がスポーツ新聞を見ていた。
 加藤がその新聞をチラッと見ると、それに気づいたその男性は、加藤にその新聞を譲って、席を立った。
「あ? いいですか? すみません――また負けてるやんけ」
 加藤は新聞を受け取るなり、ぼやいた。
「おたくもファンですか? あはは。何でも芸術的なトリックプレイとかでやられたらしいです――ね」
 加藤はその男性が昨夜フロアで見掛けた浩美と瓜二つの女の不倫相手である矢野仁やったとは、知る由もなかった。
 矢野がホテルを出て行くと、間もなく、スポーツ新聞を見ながら不機嫌そうにぼやいている加藤のもとに浩美が小走りで現れた。
「お待たせ」
「ちぇっ! 何が芸術的なトリックプレイじゃ!」
「トリック? 芸術的なトリックって?」
「あいつ尼崎のくせしやがって、東京の監督なんかしやがって!」
「トリック? 芸術的? ――そうや! それや!」
「あぁ?」
「よっしゃ! もう勝ったようなもんや」
「何じゃ?」
「ああ! 刺青の神様が降りて来たわ! 任しとき! 風は西から吹く、やろ?」

 加藤は究極美術研究所に赴くと、所長室で「佐藤吉美」をキーワードにネット検索をした。
 すると――矢野デザインのホームページが開き、デザイナーの吉美の写真とプロフィールが表示された。
 それを見て、加藤はニヤリと笑った。
 その頃、もう既に「若返りの遺伝子」の研究は本格的な実験段階に入ろうとしていた。
 もし――同一の遺伝子、同一の条件で実験できたら、その有効性をより確実に証明できる。
 加藤は吉見浩医学博士に、治験を実施する時が来たら、偶然を装って、この佐藤吉美に治験ボランティア募集のメールを送るように指示した。
 ――究極の美の追求のために。
 ――大阪ルネサンスのために。

 タトゥーのイベント会場で、加藤は浩美と並んで、取材に来ている雑誌記者たちの前で熱弁を奮っていた。
「ウチが次に出展するイベントはパリコレやから。今日は女性ファッション誌の取材は来てへんのか? ワンワンとかニャンニャンとか」
 調子が出てきたところで、加藤のスマートフォンの着信音が鳴った。加藤は記者のインタビューを遮り、会場のバックヤードへと歩き、電話に出た。
「どうや? ――そうか! よし! ようやった! ――いや、香港から帰ってからや。ああ。後でな」
 加藤は電話を切ると、ほくそ笑んだ。
「逆転や。人間の外から内から、これぞ究極の美の追求ちゅうもんやで」
 すべては加藤の思惑通りに運んでいるかに見えた。
 佐藤吉美を治験に誘うことにも成功した。
 ところが、吉美は「若返りの遺伝子」を操作して、若返り過ぎて、赤ちゃんまで戻ると、姿を消してしまった。
 事を公にされることを恐れた加藤は浩美に、吉美は前世にまで戻ったのかもしれないと言い訳した。
 すると、「差異が生じたDNAを元に戻す」「前世で吉美に再会したい」と、浩美も同じく、「若返りの遺伝子」を操作して、若返り過ぎて、赤ちゃんまで戻ると、姿を消してしまった。
 加藤は二度も取り返しのつかない過ちを犯し、佐藤吉美の元カレでフリーライターの野口納の口止め、買収にも失敗してしまった。


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