MOTアニュアル2022 私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ--東京都現代美術館
16日(土)に本年のMOTアニュアルが開幕した。「現代の表現の一側面を切り取り、問いかけや議論の始まりを引き出す」を主旨に若手からベテランまでさまざまな作家を紹介するMOT恒例のグループ展。『私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ』と題した今回の企画は我々の社会、あるいは個々人が抱えるさまざまな問題へ言葉や物語を使ってアプローチするアーティスト四名を起用。いまだ収束しないパンデミックなど不条理が溢れる現況の世界が「善悪の行方があやふや」になりつつあるとして、観者へ以下のように問う。
「異なる背景を持つ者同士の差異に目を向け、そこから生まれる誤解や矛盾を自分ごととして捉える」
「時代や社会から忘れられた存在にどのように輪郭を与えることができるのか、私たちの生活を取り巻く複雑に制度化された環境をどのように解像度をあげて捉えることができるのか」
4人の応答はそれぞれで、一部極めてセンシティブな内容の作品も含む展覧会だ。主に15日の内覧会とプレスツアーの記録を作家のプレスリリースと引きあわせ、鑑賞の契機となるささやかなレポートとして提供する。
高川和也ーー《そのリズムに乗せて》
プレスツアーにもゲストで登場した、本人曰く「世界一腰の低いラッパー」FUNIを在日三世というその出自、活動と共に紹介しつつ、高川が自身のテキスト(過去の日記)を彼の協力を得ながらラップにする過程を追ったセルフドキュメンタリー作品。言葉を意味や内容に限定して捉えず、リズム、トーンなどの点にも発話者の固有性が宿るのではないか、という関心からはじめた「ラップ変換」に苦労する高川と、あくまでラッパーとして寄り添いながらサポートするFUNI。50分を超える尺のため、内覧会で全編を視聴することが叶わず、その状態での「感想」にはなってしまうが、カメラワークなどテクニカルな要素も含めて映像としてのクオリティは高く、FUNIのおおらかでありつつ誠実な語りもあって、とても魅力的な「映画」になっていた。是非、時間を作って全編を観てみたい。
工藤春香ーー《あなたの見ている風景を私は見ることはできない。私の見ている風景をあなたは見ることはできない。》
2017年の個展「生きていたら見た風景」(旧優生保護法成立の経緯と、それによって産まれなかった子供の視点を想像した作品で構成)と、2020年の個展「静かな湖畔の底から」(相模湖の歴史と2016年の相模原障害者施設殺傷事件がテーマ)の延長線上にある複合的なインスタレーション。主展示室中心に川のごとく曲がりくねって浮かぶ年表の片(表)面には、1917年から2022年までをたどる国の障害に関わる政策や法制度の主な動きが記され、もう片(裏)面には1878年から2022年に至る障害当事者の運動史がまとめられる。浮かぶ年表は再現された障害者施設の共有スペースを囲み、裏手のぬいぐるみの置かれたソファや机は、やまゆり園で襲撃の被害にあった尾野一矢氏が現在介助を受けながら一人で暮らす自室が再現される。壁には今回の展示にあわせて尾野氏を取材した工藤の言葉や、湖の開発と、都市からそこへ隔離される障害者について思考する映像、そしてフェミニズムの活動家でありながら全米で産児制限の活動を同時に行っていたマーガレット・サンガーと、来日したサンガーの影響から産児調整運動をはじめ、参院議員へ転じたのち優生保護法法案を提出した加藤シヅエの肖像画などが設置されている。さまざまな情報とイメージにあふれる展示だが、ともかくも、年表の「表裏」(どちらが表で、あるいは裏なのか?)に記された事実の対比が突きつけるわたしたちの社会について、誰しも深々と考えざるを得ない。まぎれもなく、それはわたしたちの選択の結果である。
大久保ありーー《No Title Yet》
仮設の建材で組み上げられた巨大な回廊。柱やパネルの内と外に置かれ、貼られ、据え付けられた写真、映像、オブジェ、テキスト他あれやこれやは、大久保がこれまで制作してきた作品(物語)が、起点を十数年も遡る履歴として再編したものであり、辿って歩く空間と、展覧会用に特設されたウェブサイト(ariookubo.com)に載せられた「物語」の全体が新たな作品として観者へ提示される。総じて複雑に要素が行き来するインスタレーションだが、作品(物語)によっては、大久保本人や彼女の制作とかかわりを持ってきた人と、そうではない人のあいだには見え方、感じ方の差があるだろう。筆者はⅪ《私はこの世界を司る あなたは宇宙に存在する要素》の「日記」に他の複数の、知っていたり知らなかったりする幾人かの人々と共に「登場」するのだが、筆者と筆者を含むその物語が「ほんもの」であるかどうか、もちろん筆者は知っているが、それ以外の大部分の観者に確認するすべはなく、筆者の実在性さえも同様だ。筆者も、筆者の物語以外については同様である。世界の輪郭は曖昧であり、虚は実であり、実が虚であったりもする。彼女が制作を続ける限り、それは続いてゆくのである。
良知 暁 ーー《シボレート/schibboleth》
がらんとした空間にぽつんとネオン管、掛け時計、葉書の置かれた展示台、スライドプロジェクターが置かれた良知の展示は、台東区のspace dike(現在は移転)で2020年の末と、明けて1月、そして2月の数日だけ行った個展の要素を減らし、再構成したものだ。さまざまな事情から筆者はそれを観ることが叶わなかったのだが、偶々、友人の批評家による優れたレビューを当方の主宰するメディアに載せる機会を得た。(※)そのため、「観てはいないのにまた観た」という不思議な「既視感」に襲われた。まるで答え合わせをするかのように。
配置された各オブジェクトは、入り口で配布される良知のテキストを読まなければ大半の来訪者にとっておよそ意味不明な、なんだか間が抜けたようにも感じられるものだが、会場で一人1枚ずつ持ち帰るよう指示される葉書に印字されたraɪt frəm ðə left tə ðə raɪt əz juː siː ɪt spelt hɪə.の言葉や、15時50分で時を止める秒針を外した時計、そして《シボレート/schibboleth》というヘブライ語のタイトルが全て、人の人による排除と殺戮に関わるものであることを理解したあとでは、あまりにも広々としすぎるその空間の空かせ方も含めて、全てが異なって見えるだろう。是非、会場で確認して欲しい。
(※)中島水緒『言葉に灯りを点さない――良知暁「シボレート / schibboleth」についての覚書』
http://www.en-soph.org/archives/55461283.html
取材・撮影・執筆 : 東間 嶺
会期:2022年7月16日(土)- 10月16日(日)
休館日:月曜日
(7月18日、9月19日、10月10日は開館)、7月19日、9月20日、10月11日
開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
観覧料:一般 1,300円 / 大学生・専門学校生・65歳以上 900円 / 中高生 500円 / 小学生以下無料
会場:東京都現代美術館 企画展示室3F
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
WEB:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-annual-2022/
同時開催
MOTコレクション コレクションを巻き戻す 2nd
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-collection-220716/
ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/
東間 嶺
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。
近年の主な展示、ブックフェア、寄稿、企画、撮影
2022 企画:藤巻瞬『不完全な修復』、前田梨那『去来するイメージ/往還する痕跡』ナミイタ(東京)
2022 寄稿:「わたしのわたしのわたしの、あなた」Witchenkare vol.12
2021 撮影:「人工知能美学芸術展 美意識のハードプロブレム」アンフォルメル中川村美術館他(長野)
2021 企画:大村益三「"RESTORATION" 1983-2021」、山本麻世「イエティのまつ毛」ナミイタ(東京)
2020 《引込線/放射線:Satellite Final, or…》higure1715cas(東京)
2019 〈引込線/放射線〉第19北斗ビル、旧市立所沢幼稚園(所沢)
2018 吉川陽一郎+東間嶺+藤村克裕『路地ト人/路地二人々』路地と人(東京)
2018 吉川陽一郎×東間嶺『WALK on The Edge of Sense』」Art Center Ongoing(東京)
2017 「コウイとバショのキオク---吉川陽一郎」路地と人(東京)
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レビューとレポート