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版画物語側聞録  梅津庸一個展「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー」レビュー 石井香絵

 梅津庸一の活動全般を見渡して「レビューとレポート」に書くべく、昨年からみそにこみおでん氏の協力を得て梅津の制作現場や展示に足を運んでいた。2023年5月上旬、梅津が制作を行っているカワラボ!に訪問し梅津と河原に版画の説明を受けた際、直近にNADiff a/p/a/r/tで開催を控えていた個展「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー」に石井も解説文で参加する流れとなった。
 拙稿「版画物語側聞録」はカワラボ!見学と本展搬入時の見学を活かして個展オープン前に書き上げた、解説というより最速レビューのような内容であり、梅津のステートメントとともに会場に掲示された。思いがけず本誌に全体論を寄稿するより先に個展会場用に版画作品に特化したレビューが出来上がったことになる。ただこれら版画作品は陶芸と並んで梅津の作家像を語るうえで肝になっていくはずで、全体論の良き呼び水となることを期待して本誌に転載する。

 



 梅津庸一が版画の制作を開始したのは2023年2月末のことである。それ以前は2014年に銅版画の小品を一点手がけた経験と、大学の基礎演習でリトグラフに触れた程度であるという。版画制作の動機は自発的な思いからではなく、梅津を支援する関係者の複雑な事情が絡まった、半ば偶発的な理由によるものだった。しかし梅津はこの2ヶ月あまりの短期間に、版画という媒体の魅力とその技術を支える工房のシステムに強烈に感化され、版画工房カワラボ!に住み込んで創作に没入し、300点を超える版画作品を生み出した。作品は4月1日〜19日に銀座蔦屋書店で開催された「遅すぎた青春、版画物語(転写、自己模倣、変奏曲)」展での初出品を経て、本展が早くも梅津の版画作品での2度目の個展となる。


展示風景 画像提供:梅津庸一


 展示タイトル「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー」に主張されるように、本展で梅津が前景化させたいのが制作現場となったKawara Printmaking Laboratory(版画工房カワラボ!)の存在である。出品作に用いた技法は大別してエッチングとリトグラフであり、作品の発案・作画は全て梅津が行い、製版・印刷段階においても梅津の手や意見が多分に介入している。しかし根本的に、未経験者が版画作品を量産するには、カワラボ!の設備環境とチーフプリンター河原正弘をはじめとするスタッフ人員=プロフェッショナルの土台無くして実現は不可能であった。この通常明るみに出ない、創作を下支えする技術および職人(工人)の問題は、梅津が2年前に開始した陶芸の分野とも共通していた。今回も梅津はこれを看過しないどころか自身の版画制作の醍醐味として位置付け、本展示のテーマの中心にまで掲げている。

 梅津の発想や趣向と、職人側の専門的常識に基づいた意見とのせめぎ合いや同調、版画制作の過程で浮上する自身の作家性との出会い直し、あるいは自身に内在する職人性、職人に内在する作家性の再認など様々な版画物語が本展には凝縮している。たとえばエッチングの作品においては、梅津が単独で製版したものとそうでないものとが混在するという。


エッチング技法で制作された銅版 撮影:石井香絵


 エッチングとは版面の窪んだ溝にインクを満たし、プレス機で圧力をかけて刷る凹版の一種で、防腐剤を塗布した銅板にニードルで描画し、腐食液につけて溝を作る技法である。このとき描画をするのは梅津だが、腐食するのは梅津または河原である。エッチングの溝の深さは腐食液に漬ける時間に左右され、刷りの濃度に影響する。河原は経験的な判断から最適解を想定し腐食させるが、梅津は生活リズムに合わせて感覚的に版を得ていく。またプレス機で印刷するのはカワラボ!のスタッフであり梅津が自ら手がけることは無いが、刷りの段階でも梅津が細かい希望を通す場合と納得して引き下がる場合とが入り交じる。
 さらにギャラリースペースの壁面を覆う壁紙は、リトグラフという凹凸の無い平版の技法である。


リトグラフ技法で制作された壁紙 画像提供:梅津庸一


壁紙の作品をプレス機で刷る様子 撮影:石井香絵


梅津が下絵を遮光性の水性絵の具でフィルムに描き、スタッフがこれをPS版に貼り付けて暗室で版を作り(写真製版)、梅津が色の希望を伝えスタッフが平版オフセット校正機で印刷する工程からなる。同じ版で100枚以上印刷されたこの壁紙は、版画の複製というメディアとしての実用性を踏まえれば本展で最も版画らしい作品といえるが、梅津の版画に対する興味もまた色濃く現れている。モザイクタイルのようにダイヤ形のパターンが並ぶこの作品で、まず目を引くのは梅津が下絵の段階で意図した形の差異や色ムラである。しかしこの違いは単に下絵でつけた差に起因するのみならず、厳密にいえば印刷された作品ごとの差でもある。同じタイルは2つとして存在しないのと同様に、たとえ同一の版であったとしても作品が全く同じ仕上がりになることはない。反復・量産を特性とする版画が併せ持つ誤差と固有性に関心が向けられている。


刷りの色味を検討し合う梅津、河原、平川 撮影:石井香絵


 展示作品のうち一定の割合を占めるのはエッチングとリトグラフを合わせた複雑な工程で制作されたユニークプリントであり、手彩色が施されたものも少なくない。加えて今回は単一の技法からなるエディションのついた作品も出品される。初期の陶芸作品を代表する花粉濾し器やパームツリー、ボトルメールシップは現在制作されていないが、最新作の版画作品に媒体を変え、自画像のごとく自身のアイコンとして再来させているのも興味深い(作品は手描きと写真を製版する場合がある)。

 また本展の隠れた特徴といえるのが、「版画」と聞いて多くの日本人が真っ先に想起するだろう木版画の作品が皆無であることだ。理由はおそらく故意に避けたのではなく、木版が現代の印刷産業に組み込まれていない状況と関係している。現にカワラボ!にも木版画専用の設備は無い。元々日本は木版の文化が盛んで技術も高く、近世の浮世絵や版本のみならず活版印刷が普及した明治以降も、活字と同じ凸版である木版はひとつの版に組んで刷れる利点から長く文字媒体とともに活躍した。しかし写真を凸版におこす亜鉛凸版の普及で需要は激減し、実用の世界から姿を消すこととなる。現在も木版工房は各地に存続しているし、同時代の美術作品として木版画を目にする機会も少なくない。だが今回梅津が身を置いたのは、良質な複製を目指す透明な媒体として機能し、時に作家と協働し時に工人自身がアート作品をも制作する多面的な版の現場であった。どの版や技法を使うか? という関心は、それが実用性の無い純粋美術として作られる場合は重要な問いではないかもしれない。ただ本展に木版画が並ぶことがあったとすれば、その技法とは現状と全く別の出会い方をする必要があっただろう。

 梅津は自らの作風について「素材やメディウム自体にアレゴリーや物語を見出し、そこから(創作活動を)展開するという側面がある(註)」と述べる。版画という新たなメディウムに出会い、工房に寝泊まりし、工人と制作・生活を共にし物語が生まれる。その資質は本展においても十分に発揮されている。

 

インスタレーションに組み込まれた本稿転載元テキスト。カワラボ!でプリントされた。 
画像提供:梅津庸一


(註)「[インタビュー]聞き手=徳山拓一 無垢な熱」『梅津庸一 | ポリネーター』(美術出版社、2023)p133.

 



石井香絵(いしいかえ)
美術史研究者。専門は明治期洋画を中心とする近代日本美術史。早稲田大学ほか非常勤講師。共著に人間文化研究機構国文学研究資料館編『木口木版のメディア史―近代日本のヴィジュアルコミュニケーション』(勉誠出版、2018年)、論文に「幕末明治初期京都と田村宗立考​​」増野恵子​​他編『もやもや日本近代美術―境界を揺るがす視覚イメージ​​』(勉誠出版、2022年)など。

 

編集者註:転載にあたり軽微な修正と追加をしています。




梅津庸一 個展 
プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー
2023.05.19[金]—2023.06.11[日]
営業日:木、金、土、日、祝、営業時間:13-19時
http://www.nadiff.com/?p=30339



レビューとレポート第47号