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ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで--東京都現代美術館

「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」は、20世紀の建築や工業デザインに大きな影響を与えたジャン・プルーヴェ(1901–1984)を紹介する大規模な展覧会です。本展では、プルーヴェが手がけたオリジナルの家具や建築物およそ120点を、図面やスケッチなどの資料とともに展示します。
プルーヴェはアール・ヌーヴォー全盛期のフランスで、ナンシー派の画家の父と音楽家の母に育てられ、金属工芸家としてキャリアをスタートさせました。1930年代にはスチール等の新たな素材を用いた実験的かつ先進的な仕事へと転換し、家具から建築へと創造の領域を拡げていきます。また、第二次世界大戦中はレジスタンス運動に積極的に参加し、ナンシー市長も務めたプルーヴェは、フランスの戦後復興計画の一環としてプレファブ住宅を複数考案するなど、革新的な仕事を次々に生み出していきます。
本展は、《「サントラル」テーブル》(1956年)、《ファサード・パネル》(1950年頃)、《ライン照明》(1954年)等のプルーヴェを象徴する作品とともに、生涯の軌跡をたどる展示から始まります。続いて、《「プレジダンス」デスク No. 201》(1955年)、《移動式脚立(特注)》(1951年)のほか、工業生産化への移行における標石のひとつとなった《引き出し付き折りたたみテーブル》(1943年)を含む代表作を紹介します。

プレスリリースより


16日(土)から、ジャン・プルーヴェの業績を紹介する展覧会が東京都現代美術館で開かれている。工業デザイナー、建築家として20世紀フランスを代表する巨匠の仕事を、代名詞でもある「スタンダードチェア」をはじめとする家具や「組立式住宅」の展示に留まらず、スケッチ、設計図面、記録映像などで網羅した。規模としては国内で過去最大級となり、2016年に現代芸術振興財団が主催し、東京・広尾のフランス大使公邸で開かれた『the CONSTRUCTOR ジャン・プルーヴェ:組立と解体のデザイン』を超える。今回も主催には現代芸術振興財団が名を連ねており、会長の前澤友作氏が保持するコレクション複数、特に2016年も注目を集めた世界に2点しか現存しないとされている組立住宅「F 8x8 BCC組立式住宅」がハイライトの一つとして展示されている。過去に例のない質量共に充実した内容で、ファンやコレクターのみならず、プロダクト・デザインや建築に関心がある人にとっては必見だ。
以下、15日に開かれたプレス内覧会で撮影を許可された作品を紹介し、レポートに代えたい。




ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


1930年代、プルーヴェは市場の拡大にともなう大量生産の要請に応え、公共機関や大学に向けた家具を数多く手掛けました。家具のなかでも椅子はプルーヴェにとって重要であり、美しく整ったかたちを保ちつつ、剛性と人間工学に基づく合理性が交わるデザインを探求し続けました。「家具の構造を設計することは大きな建築物と同じくらい難しく、高い技術を必要とする」という彼自身の言葉が示すように、椅子はプルーヴェのものづくりの原則を反映しているといえるでしょう。本展では《「シテ」チェア》(1932年)から《「コンフェレンス」チェアNo. 355》(1954年)まで数々のモデルがまとめて展示されることにより、その変遷を体感できます。

プレスリリースより


左手奥:椅子=「メトロポール」チェア No.305 1950年頃 Laurence and Patrick Seguin collection
テーブル=「S.A.M」テーブル No.506 1951年 Yusaku Maezawa collection
キャビネット=キャビネット BA12 1950年頃 Laurence and Patrick Seguin collection
壁掛け=「シテ」本棚 [ナンシー大学都市(フランス)] 1932年 Yusaku Maezawa collection
右手前テーブル=「ゲリドン・カフェテリア」組立式テーブル [国立高等工芸学校国際学生寮カフェテリア、パリ国際大学都市(フランス)] 1950年 Yusaku Maezawa collection
椅子=「カフェテリア」チェア No. 300 [国立高等工芸学校国際学生寮カフェテリア、パリ国際大学都市(フランス)] 1950年 Laurence and Patrick Seguin collection
 ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


椅子=「メトロポール」チェア No.305 1950年頃 Laurence and Patrick Seguin collection
テーブル=「S.A.M」テーブル No.506 1951年 Yusaku Maezawa collection
キャビネット=キャビネット BA12 1950年頃 Laurence and Patrick Seguin collection
壁掛け=「シテ」本棚 [ナンシー大学都市(フランス)] 1932年 Yusaku Maezawa collection
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


椅子=「メトロポール」チェア No.305 1950年頃 Laurence and Patrick Seguin collection、
テーブル=「S.A.M」テーブル No.506 1951年 Yusaku Maezawa collection、
キャビネット=キャビネット BA12 1950年頃 Laurence and Patrick Seguin collection。
壁掛け=「シテ」本棚 [ナンシー大学都市(フランス)] 1932年 Yusaku Maezawa collection
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


プルーヴェを代表する「椅子」は、7章構成の2章で展示され、その変遷を追えるよう構成が考えられていた。写真の「S.A.M」テーブル No.506、シテ(本棚)、「ゲリドン・カフェテリア」組立式テーブル(キャプション参照)は前澤のコレクションから貸し出されたものだ。前澤は自宅に招いた友人たちが自身のコレクションを見て、「こんな学校にあるような椅子のどこがいいの」とよく聞かれるのだとプレスレクチャーで述べていた。確かに美術館であからさまに「格好良く」展示されているのでもなければ、一見プルーヴェの椅子は「映え」ないのかもしれない。けれども、結局、帰り際には友人たちもみな魅了されていたというように、プルーヴェのデザインが持つ美しさの本質はもっと、遥かに奥深いものだ。大量に並べられた椅子は、無言でそれを物語っている。




ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


本展の後半部分では、みずからを「構築家」(constructeur)と位置づけたプルーヴェの建築物へのアプローチにも焦点をあてます。多数の資料によって主な建築プロジェクトを取り上げるだけでなく、現存する3つの建築作品が展示されます。《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》(1949年)、《F 8x8 BCC組立式住宅》(1942年頃)と《6x6組立式住宅》(1944年)は、いずれも解体・移築可能な建築物として、フランスの建築史において重要な位置を占めるとともに、プルーヴェの類まれな創造性を体現しているでしょう。《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》は「ポルティーク」と呼ばれる構造体とファサードを別々に展開することで、構造の特徴を浮かび上がらせます。地下2階のアトリウムに建てられる《F 8x8 BCC組立式住宅》は、プルーヴェとピエール・ジャンヌレが第二次世界大戦中の極限状態で協働し設計・建設したもので、彼らの並外れた適応能力と近代化へのあくなき探求を表す作例だといえます。また、アトリウムの壁面に展示される《6x6組立式住宅》は、東フランスの難民のための一時的な住居として1944年に設計されました。

プレスリリースより


「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)[ロワイヤン(フランス)] 1949年 Laurence and Patrick Seguin collection 
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)[ロワイヤン(フランス)] 1949年 Laurence and Patrick Seguin collection 
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)[ロワイヤン(フランス)] 1949年 Laurence and Patrick Seguin collection 
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)[ロワイヤン(フランス)] 1949年 Laurence and Patrick Seguin collection 
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)[ロワイヤン(フランス)] 1949年 Laurence and Patrick Seguin collection 
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924



前半のハイライトが2章の「椅子」なら、後半のハイライトはプルーヴェの建築家ならぬ「構築家」(constructeur)としての面にフォーカスした7章「組立・解体可能な建築と建築部材」だろう。アルミニウム、鋼鉄といった安価な素材を活かしたファサード(正面外観)とポルティーク(構造体)を分離させた「メトロポール」住宅(プロトタイプ)や、モックアップと共に解体した部材をアトリウム空間の壁面に並べた「6×6組立式住宅」は、さながら巨大な抽象彫刻かインスタレーションを思わせる端正な美しさをみせていた。


F 8x8 BCC組立式住宅 [ベダリウー(フランス)] 1942年 Yusaku Maezawa collection
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924
F 8x8 BCC組立式住宅 [ベダリウー(フランス)] 1942年 Yusaku Maezawa collection
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


F 8x8 BCC組立式住宅 [ベダリウー(フランス)] 1942年 Yusaku Maezawa collection
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


F 8x8 BCC組立式住宅 [ベダリウー(フランス)] 1942年 Yusaku Maezawa collection
ジャン・プルーヴェ展 展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


「6×6組立式住宅」を背に、アトリウムの中心に建てられたピエール・ジャンヌレとの協働作《F 8x8 BCC組立式住宅》は前述のように前澤のコレクションであり、レクチャーでも「外から光が指す時間が一番きれいなんです。今日はあいにく雨だけど、みなさん是非光が入る日にまた来てください」とコレクションの魅力を熱心にアピールしていた。




左から前澤友作、パトリック・セガン、八木保


プレスレクチャーを終えた後、企画を担当したパトリック・セガン、八木保、そして前澤友作とのフォトセッションが設けられた。今や宇宙にまで行ってしまったアート愛好家にして有名企業家の佇まいは、その服装も含めてどこか少年のようで、「お金配りおじさん」などの独特な言語センスも「この人なら」と納得するものがあった。あまりにも余談だが、印象的な瞬間として最後に記しておきたい。


取材・撮影・執筆 : 東間 嶺




会期:2022年7月16日(土)- 10月16日(日)
休館日:月曜日(7月18日、9月19日、10月10日は開館)、7月19日、9月20日、10月11日
開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/地下2F
観覧料:一般 2,000円 / 大学生・専門学校生・65歳以上 1,300円 / 中高生 800円 / 小学生以下無料
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館、公益財団法人現代芸術振興財団
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛:ブルームバーグ L.P.
協力:ヤマト運輸
企画:パトリック・セガン(Galerie Patrick Seguin)、八木保(Tamotsu Yagi Design)
学術協力:岩岡竜夫(東京理科大学)




展覧会カタログ
『ジャン・プルーヴェ 椅子から建築まで』
"Jean Prouvé Constructive Imagination"
ジャン・プルーヴェがつくった数多くの家具・建築の写真や図面、アーカイブ資料を収録。

デザイン:八木保(本展共同企画者)
解説:ジュリエット・キンチン(元ニューヨーク近代美術館キュレーター)
寄稿:早間玲子 田村奈穂 八木保 金田充弘
撮影:高野ユリカ 坂本理 他
判型:縦270mm×横222mm×厚さ18mm
頁数:232ページ
テキスト:日本語/英語
発行:millegraph
共同発行:Galerie Patrick Seguin
本体価格:2,800円

※2022年8月下旬以降刊行予定




関連イベント
■ギャラリートーク
8月6日(土)、8月31日(水)、9月25日(日) 各日11時より 
会場:ジャン・プルーヴェ展展示室内

■シンポジウム「ジャン・プルーヴェから学ぶべきこと」(満席)
開催日:7月24日(日)
時間: 13:00~
会場:東京都現代美術館 地下2階 講堂
出演(五十音順):石田 潤(建築家、リンク建築設計工房主宰)、岩岡竜夫(東京理科大学教授、本展学術協力)、金野千恵(建築家、t e c o 主宰、京都工芸繊維大学特任准教授)、マニュエル・タルディッツ(建築家、明治大学特任教授)、山名善之(建築家 / 美術史家 東京理科大学教授)、横尾 真(構造家、シンガポール国立大学客員上級研究員 / 東京理科大学客員准教授)

八木保×NIGO®×片山正通(Wonderwall®)『ジャン・プルーヴェ展』トークイベント(受付終了)
開催日:7月30日(土)
時間:11:00〜12:00(10:40〜受付開始)
会場:東京都現代美術館
企画協力:東京都現代美術館
https://casabrutus.com/casaid/306890




同時開催
MOTアニュアル2022 私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-annual-2022/
MOTコレクション コレクションを巻き戻す 2nd
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-collection-220716/




東間 嶺 
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。

近年の主な展示、ブックフェア、寄稿、企画、撮影
2022 企画:藤巻瞬『不完全な修復』、前田梨那『去来するイメージ/往還する痕跡』ナミイタ(東京)
2022 寄稿:「わたしのわたしのわたしの、あなた」Witchenkare vol.12
2021 撮影:「人工知能美学芸術展 美意識のハードプロブレム」アンフォルメル中川村美術館他(長野)
2021 企画:大村益三「"RESTORATION" 1983-2021」、山本麻世「イエティのまつ毛」ナミイタ(東京)
2020 《引込線/放射線:Satellite Final, or…》higure1715cas(東京)
2019 〈引込線/放射線〉第19北斗ビル、旧市立所沢幼稚園(所沢)
2018 吉川陽一郎+東間嶺+藤村克裕『路地ト人/路地二人々』路地と人(東京)
2018  吉川陽一郎×東間嶺『WALK on The Edge of Sense』」Art Center Ongoing(東京)
2017  「コウイとバショのキオク---吉川陽一郎」路地と人(東京)




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レビューとレポート