生成AIは幻の風景を夢見るか?——苅部太郎『あの海に見える岩を、弓で射よ Aim an Arrow at the Rock in the Ocean』レポート&レビュー
7月26日から8月31日まで、東銀座のMYNAVI ARTSQUAREで、写真家/アーティスト苅部太郎の個展『あの海に見える岩を、弓で射よ Aim an Arrow at the Rock in the Ocean』が開かれている。
1988年生まれで東京をベースにする苅部は、報道写真、ドキュメンタリー・フォト、ヴィジュアル・アートなど多面的な分野で活動を展開する気鋭のアーティストで、自主的な展示発表を旺盛に行う他、近年は京都国際写真祭KG+SELECT(京都、2021)への選出やMAST写真財団のグラントにノミネート(2024、伊)されるなど、国際展への参加やアワード受賞も続いている。
『あの海に見える岩を、弓で射よ Aim an Arrow at the Rock in the Ocean』は、昨年歌舞伎座タワーの22階にオープンしたばかりのMYNAVI ARTSQUARE2回目の企画展。苅部が近年熱心に取り組んでいるプロジェクトであり、2024年のJAPAN PHOTO AWARD受賞作(Elisa Medde賞)の同シリーズを、JAPAN PHOTO AWARDによるキュレーションで展示構成する内容だ。
会場に並ぶ作品は何れも生成AIが出力したデジタル・データを印刷したもので、苅部自身が撮影し、加工した過去の写真作品を「風景」として読みこませた結果である。
加えて、会場で配布されたハンドアウトには、それらの「風景」をマルチモーダルAI(※)へ【芸術作品として鑑賞するように指示】した結果、生み出された「レビュー=美術批評」が掲載されている(【】はハンドアウトより引用。以下【】内表記全て同じ)。
それら一連の読み込み→出力のプロセスは、苅部曰く、【AIのバイアスを利用して、機械の眼に幻を見させる認知心理学的な実験】だという。
筆者は旧知の間柄でもある苅部から本展のプレス・プレビューを知らされ、展示に先立つ7月25日午後から催されたレクチャーに参加した。以下、猛烈な勢いで社会を変えつつある生成AIに対する彼の興味深いアプローチを、当日撮影した会場写真と作家のコメントを中心にレポートする。
※マルチモーダルAIは、テキスト、音声、画像、動画、センサ情報など、2つ以上の異なるモダリティ(データの種類)から情報を収集し、それらを統合して処理する人工知能(AI)システムです。異なるモダリティの情報を組み合わせることによって、より豊かな情報を処理し、より深い理解や洞察を提供することができます。(引用:Softbank)
MYNAVI ARTSQUARE会場入り口。フロアに面した全面ガラス張りの壁面から中を見渡せる。
会場内。プレス・レクチャー前の様子。
ーープレス・レクチャー:分からないこと、見えないシステムの探求。
プレス・レクチャーの様子。自作を語る苅部(中央)。
プレス・レクチャーの様子。苅部(左)とMYNAVI ARTSQUARE プロデューサーの戸倉里奈(右)
プレス・レクチャーは15時から行われ、MYNAVI ARTSQUAREを運営する株式会社MAGUS(マグアス)の担当プロデューサーである戸倉里奈と苅部が15分ほど作品を前に展覧会の成立過程、作品のコンセプトなどについて解説した。
戸倉は苅部の作品が単なる写真(の作品)を見せるという枠を超えたアートとしての広がり、可能性を持つところに惹かれたとし、今回展示している作品も抽象絵画のような世界が非常にユニークだと評価していた。企画の準備中、苅部と対話する中で彼が「色々なことを経験して最後にたどり着いたのがアート写真。分からないこと、分からないシステムを探していくのが好きなんです」と語った点も、自らの考え(アートとは常に探求を続けるもの)と重なり、感銘を受けたという。
プレス・レクチャーの様子。苅部の作品について語る戸倉里奈。
戸倉の紹介を受け、苅部は自身のキャリアついて以下のように語った。
「10年くらい、写真を使った作家活動をしています。写真を始める前のバックグラウンドとして心理学、感染症、金融、ITの分野で活動してきました。それらはバラバラなもののようにも感じられますが、見えないシステムによって動かされているという共通項があります。心理学は心の、感染症は免疫という身体のシステムです。ITや金融も同様です。わたしたちが生きる世界は見えないシステムに包まれていて、そのパターンや構造の探求に興味がありました。写真を始めた当初は報道写真家、フォトジャーナリズムの活動をしていて、熊本地震、ロヒンギャ難民キャンプ、香港デモなど歴史を動かすような現場やイシューのグラウンドゼロに立とうとしていましたが、段々と目の前で起きていることを写真に撮ってそれをどう語るかということより、自分が撮った写真が世界中に伝播していくダイナミズム、写真を始めとする視覚メディアの機能自体に関心が移っていきました。そうして、最近はコンセプチュアルな、写真メディアそのものを問うような、写真の写真性を暴くような活動をしています」
プレス・レクチャーの様子。自身のキャリアについて語る苅部。
外信メディアへの提供を中心にした報道写真家としての活動(熊本地震、香港デモ)やドキュメンタリー・フォトのプロジェクト(ロヒンギャ難民キャンプの取材他)から、次第にメディアの特性を問うような方向性に作品制作の関心が変化してきたという苅部だが、
「わたしたちが生きる世界は見えないシステムに包まれていて、そのパターンや構造の探求に興味がありました」
との言を鑑みれば、今回のような実験的手法を試みるのも、作家としては自然な流れだろう。
ーープレス・レクチャー:機械の目を騙す。「風景」とハルシネーション。
プレス・レクチャーの様子。生成AIが出力した「風景」を背景に、変化の過程、読み込ませた元の作品をまとめた資料を示す苅部。
『あの海に見える岩を、弓で射よ Aim an Arrow at the Rock in the Ocean』で展示されている作品群は、先述の通り、いずれも生成AIに苅部自身の撮影、加工した「カオティックな」写真作品を「風景」として読み込ませ、出力させたものだ(具体的にはPhotoshopなどの画像編集ソフトに含まれる画像生成機能を使う)。
プレス・レクチャーの様子。作品の成立過程をまとめた資料。左端が読み込ませた作品、隣の二つは生成させた「風景」を時系列に並べている。
作品の着想に関与した要素は大きく二つあり、冒頭の引用で示したように、それらは『アルタミラの壁画』とギリシャ神話でもっとも知られた物語の一つ『オリオンの死』である。
作品のインパクトに大きな寄与をしている印象的なタイトルは、後者の物語で妹の結婚を嫌ったアルテミスの兄アポロンによる奸計を示すものだが、苅部は現代の高度情報化社会において、SNSなどで悪意のデマや意図的なフェイクニュースを流すユーザーなどを「アポロン的な存在」と表現し、自身の中にもそうした要素の存在を認めるという。そして、アルタミラを代表とする古代の壁画に関しては、古くから人間のイメージに対する欲望を反映した「見立て」によって現実を描いた像、イメージであることが広く知られているとし、今回、作品としてそのようなアポフェニア作用(※)自体も対象化したと説明した。
(※)無作為あるいは無意味な情報の中から、規則性や関連性を見出す知覚作用のこと(引用:weblio辞書)
会場奥に参考資料として展示されたアルタミラ壁画の一部。
二つの要素を作品へ具体的に落とし込むプロセスの中で重要なのは、生成AIを「騙し」「バグを起こさせ」その経過を観察、記録することだ。
苅部によれば、生成AIにいわゆる「風景」ではないデータを読み込ませ、画像生成のアルゴリズム、パターン認識を混乱させる行為を続けてゆくと、AIは次第に「解釈」をバージョンアップさせ、出力される「風景」の抽象度も上がっていったという。(AIにハルシネーション(※)を意図的に起こさせるようなその「騙し」行為は、人間の脳を模した対象に対する苅部のアポロン的ふるまいだと言えるだろう)
建物や自然などの具象的な要素は減り、元の写真が含むひずみやノイズ自体が「風景」として出力されるようになる。
そうした変化は不可逆なもので、会場に展示される作品も含むシリーズ全体は、一連の経緯を記録したドキュメンテーションの側面も持っているという。
(※)ハルシネーションとは、人工知能(AI)が事実に基づかない情報を生成する現象のことです。まるでAIが幻覚(=ハルシネーション)を見ているかのように、もっともらしい嘘(事実とは異なる内容)を出力するため、このように呼ばれています。(引用:ナレッジ・インサイト)
生成AIが出力した「風景」。加工したデータを読み込ませるたびに抽象度が上がっていったという。
ーープレス・レクチャー:違う幻の捏造。マルチモーダルAI。
会場インスタレーション・ビュー。柱以外はガラス張りになった窓から階下の風景を見渡せる。AIが生成した「風景」と外のビルが不思議な響き合いを見せている。
プレス・レクチャーの様子。生成AIが出力した「風景」と、それを読み込ませたマルチモーダルAIの出力したレビューについて解説する苅部。
本展に関し、ここまで触れてきた要素は作品がJAPAN PHOTO AWARD 2024で賞を得た時点でプレゼンテーションされた内容と同一のものだが、展覧会に際しては新たに生成AIを使った異なる実験も試みられている。
冒頭へ記したように、それはAIが出力した「風景」を作品として鑑賞するよう指示してマルチモーダルAIへ読み込ませ、「レビュー=美術批評」を出力(捏造)させるというものだ。
OpenAIによる2022年11月のChatGPリリース後、今や趣味から軍事利用まで、世界中の人々が生成AIによるチャットサービスを利用しているが、同様に利用が進むマルチモーダルAIは、複数のモダリティ(情報)を元に最適な情報処理とその応用をリアルタイムで行ってくれる。
果たして、騙され、バグを起こした結果の生成物から「レビュー=美術批評」はいかに生成されるのだろうか?以下、作品写真と、対応したAIによるテキストをハンドアウトから引く。
生成AIによる「風景」。マルチモーダルAIは「この絵は、自然の美とそのエレメントの力についての考察として解釈することができる」とレビューした。
「このイメージは。青空を背景にした岩だらけの崖の絵画である。崖は石でできているように見え、空は雲で埋められている。この絵は芸術と自然の融合であり、自然界の本質を捉えている。青空と雲が静けさと穏やかさを醸し出し、岩だらけの崖は力強さと安定感を加えている。これらの要素の組み合わせが調和を与え、視覚的に魅力的な光景を生み出している。この絵は、自然の美とそのエレメントの力についての考察として解釈することができる。また、岩だらけの崖が自然の力に対して力強く立っていることから、回復力と耐久力の象徴と見ることもできる。全体として、この絵は芸術と自然の相互作用の魅惑的な表現であり、自然界の美と強さを示している。」
生成されたテキストは全ての作品ぶん記載されているが、いずれも入力された「風景」を構成するカラー、テクスチュア、画面上での位置などの情報から推測(というアルゴリズム処理)した一種の状況説明が行われている。現状のままでは不完全だが、さらに架空の固有名や背景情報を入力時に補ってやれば、恐らくきちんと意味のあるテキストとして成立するものが生み出されるだろう。苅部は、AIが生み出したそのテキストを鑑賞者が読んだ後、画面への認識がミラーリング(同調)効果のように変わる可能性を挙げ、それが起き得る現代の情報環境の危うさについて指摘した。
「わたしは人間の脳に似たふるまいをするAIにどういう盲点があるかを突くことで、いま自分たちが触れているイメージの環境について問いを発しようとしています。写真は19世紀に生まれて以降、ずっと光学的なものでした。光があって、その陰影を印画紙なりセンサーなりに焼きつける。それが去年くらいから、生成AIの登場でシフトチェンジしてしまって、統計的なものに変わりました。生成AIは目の前の像をそっくりに写すのではなく、統計的、平均的に正しい画像を生み出しますが、そこにはもちろん、システムを製作した人のバイアスや使用する環境の影響が含まれています。けれど、わたしたちはそれを知らずにイメージを受容しているケースもあるのではないか。そこに危険性はないのか?このシリーズには、そういった問題意識も含まれています」
上掲の画像であれば、「青空」「岩」「雲」などの単語が、画面上の色彩的な差や濃度と結びつき、読む前と読んだあと、見え方に不可逆な変化をもたらしうる。つまり、アポフェリア作用が誘導される。
それが作品解釈ではなく、情報操作やプロパガンダの洗練された手法として用いられたならば、どうなるか。
現在、例えばガザやウクライナでは生成AIによる露骨なフェイク画像や動画が飛び交い、戦争犯罪の糊塗や殺戮の偽装に用いられているが、今後、そのような状況は戦場以外でも全面化する恐れは強い。
会場インスタレーション・ビュー。AIが生み出す「風景」は様々な変奏(バリエーション)を見せる。
生成AIによる「風景」。テクスチュアやカラーは複雑で変化に富むが、生成AIのデジタル・データに特有の均質さが印画紙の出力にも反映されている。
ーー実験の継続。AIの目はいつまで幻を見るか?
会場インスタレーション・ビュー。窓から光の入る、広々とした明るい空間。
会場で販売されていた作品集。展示作品とAIによるレビューが掲載されている。展示と本にまとめた状態とでは受ける印象も異なる。
プレス・レクチャーが終わった後、筆者は、より時間をかけて一つ一つ作品を眺めた後、ハンドアウトへ掲載されたAIによる「レビュー」を読み、それからまた作品を眺めるというプロセスを繰り返した。
会場には既に発刊された同シリーズの作品集が置いてあったため、本としてまとめられた状態の確認も行ったが、既に2年以上継続しているこのプロジェクトが、AIを使った新しいイメージの創造といった美的な点に主眼を置いているのではなく、【AIのバイアスを利用して、機械の眼に幻を見させる認知心理学的な実験】であるのなら、展示として、AIのパターン認識がどう変化したかの時系列的な情報や、読み込ませた写真作品のデータなどをもう少し網羅的に観れる構成になっていれば、苅部自身がレクチャーで述べたドキュメンテーションの面からもより説得的だったのではないだろうか(本のバージョンにはAIへ出力を行わせた日付が作品ごとに付されていたが、作品タイトルに近い、詩的な効果を狙っているように感じた。また、ファイル資料として経緯が分かるものは置いてあったが、インスタレーションとしてどうか、という問題である)。
会場で短時間話を聞いた限り、パターン認識を刻々と変化させる生成AIを使った実験を今後いつまで続けるのか、現時点では作家本人も定めてはいないそうだが、区切りがつく段階では、是非、そのような形の成果(マルチモーダルAIのレビューが継続するなら、同様に)を目にしたいと思う。
それはきっと、視覚芸術とAIの関連において、価値ある記録の一つとなるはずだ。
会場インスタレーション・ビュー。フロア側から会場内を撮影。
苅部太郎「あの海に見える岩に、弓を射よ / Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」
会期:2024年7月26日(金)– 2024年8月31日(土)
場所:MYNAVI ART SQUARE
(〒104-0061 東京都中央区銀座4-12-15 歌舞伎座タワー22F)
開館時間:11:00〜18:00
休館日:日・月・祝
入場料:無料
キュレーション:ジャパンフォトアワード
取材・撮影・執筆:東間 嶺
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。
レビューとレポート