童話 くろねこニックとまほうのスプーン
ここはたくさんのどうぶつたちがくらす森の中。色とりどりの花にかこまれた広場の先に、ハリネズミのチックがいとなむカフェがあります。ここには毎日たくさんのどうぶつたちがおなかをすかせてやってきます。
今日、お店にやってきたのはくろねこのニック。なんだか元気がありません。いすにすわるとすぐに大きなため息をついたのです。
「おや、どうしたんだい? なやみごとかい?」
「ぼくは何をやってもだめなんだ。今日はお父さんの大切なお皿を洗おうとしてわっちゃったんだ。昨日は料理をやってみたんだけど、ぜんぜん上手にできなくて……」
どうやらいろんなしっぱいをしてしまったようで、自信がありません。
そんなニックを見て、ハリネズミのチックは思いつきました。
「ニック、君はおうちのことをたくさん手伝っているんだね。すごいじゃないか! そうだ、よかったら、このお店の手伝いをしてみないかい?」「え? ぼくが? ……でも、ぼくはいつもしっぱいしちゃうんだよ」
「なあに、心配することはない。わたしがついているさ。どうだい、やってみないかい?」
ニックはまたしてもなやんでしまいます。やっぱりうまくいくようには思えません。どうせしっぱいしちゃうんだ、そう考えてしまいます。
すると、チックは小さな声で言いました。
「実はね、このお店にはまほうのスプーンがあるんだ。ひとふりするとどんな料理だって作ることができる、森のようせいからもらったまほうのスプーンがね」
チックが見せてくれたスプーンは、ちょっと大きいけれどふつうのスプーンに見えます。それをチックが真っ白なお皿の上でくるっと回すと、ピカピカお皿が光りました。
「ほら、見てごらん。おいしいホットケーキの出来上がりだ。一口どうだい?」
さっきまでなにもなかったお皿には、チックの言うとおり、ふわふわホットケーキがのっているではありませんか。
ニックは言われるがままにパクっと食べてみました。
「わぁ、おいしい。これ、本当にそのスプーンで作ったの?」
「そうさ」
「ぼくでも作れるの……?」
「もちろん。ニックならできるよ。スプーンをひとふり。かんたんさ」
たしかに、これならできるかもしれない。
ニックはゆうきをふりしぼって言いました。
「それなら、ぼくやってみるよ」
チックはとびきりのえがおを見せました。
「そうこなくちゃ! わたしたちはきっとおいしいおいしい料理を作るコックさんになれるぞ。なんたってニックとチックだ! 名前がそっくりじゃないか。これからよろしくね」
チックが笑うたびにフルフルゆれる長いひげを見て、ニックも思わず笑ってしまいました。
さっそく次の日から、ニックはカフェではたらくことになりました。料理をはこんだり、お皿を洗ったりと大忙し。
そんな中、やぎのメイタがお店にやってきました。
ニックが注文を取りにいくと、
「おいしいサラダがほしいなぁ」
と言いました。その注文をさっそくチックに伝えます。
「チック、サラダの注文が入ったよ」
すると、お店のおくで料理をしていたチックが言いました。
「ニック、すまないがわたしは他の料理で手がいっぱいで、どうにも作れそうにないんだ。まほうのスプーンを使って、サラダを作ってくれないか?」
ニックの心ぞうが急にドキドキしてきました。なぜならまほうのスプーンをまだ使ったことがないからです。上手にできる自信がありません。
不安そうな顔をするニックを見て、チックはニッと笑いました。
「大丈夫さ。ほら、おいしそうなサラダを頭に思いうかべてごらん。そのままお皿の上でスプーンを回すだけ。かんたんさ」
ニックは必死においしいサラダを思いうかべました。シャキシャキレタスにまっ赤なトマト、キュウリや玉ねぎ、アボカドなんかものせてみます。仕上げには、ニックが大好きなごまドレッシングをたっぷりと。
よし、と決まればさっそくお皿とまほうのスプーンのじゅんびです。不安はありますが、それでもニックは思いきってスプーンをふりました。
すると、たちまちお皿がピカピカ光りました。思わずニックは目をつむります。少しして目をあけてみると、ニックが頭で考えたとおりのサラダができあがっていました。
「できた!」
ニックはとてもうれしそうに声をあげ、そのままテーブルへと運びました。
メイタは一口食べて、
「これはとってもおいしい! いやぁ、ありがとう。ごまドレッシングがさいこうだ。すごくしあわせな気分だよ」
と、ニックのサラダをとっても気に入りました。
それを聞いてさらにうれしくなったニックは、急いでチックの元へかけよりました。
「チック! サラダがおいしかったって言ってもらえたよ。とびはねたいぐらいにうれしいや!」
「それはよかった。さすがニックだ。これからもどんどんそのスプーンで料理を作るんだ。おねがいできるかな?」
「もちろん! やってみるよ」
なんだか自信がでてきたニックは、たくさんのお客さんの注文を、まほうのスプーンで作っていきました。どれもこれも、お客さんは大よろこび。
みんながえがおで食べているのをみると、ニックまでうれしくなりました。
いろんな料理を作るようになったある日、カフェではちょっとしたもんだいが起きました。チックがかぜを引いてしまったのです。
「ニック、すまないが、今日はお店をまかせてもいいかい? なあに、ニックなら大丈夫さ」
ニックは、本当に一人でできるのか不安になりました。それでもチックの言うとおり、お店をあけてお客さんの注文を聞いていきます。そのお客さんのなかに、一匹のハムスターがいました。名前をマルといいます。ニックとマルは大の仲良しで、いつもいっしょに遊んでいます。そんなマルがたのんだのは、彼の大好物、くるみの入ったカボチャスープです。
ニックはすぐに料理にとりかかります。あたまの中できれいな黄色をしたスープをそうぞうします。小さくくだかれたクルミを入れて、パセリをパラパラとかければできあがり。
イメージができたら、さっそくスープカップの上で、まほうのスプーンを回します。
思いどおりの料理を作ることができたら、すぐにマルのところへ持っていきました。
「どうぞ、召し上がれ」
「これはとってもおいしそうだ! いただきます」
マルはカップスープを手に持ち、大きめのスプーンを使ってズズズとスープをのみました。
どんな感想を言ってくれるのか、ニックはワクワクしていました。しかしマルはなんだかむずかしい顔をしています。もう一度飲みましたが、おいしいといったり、うなずいたりもしませんでした。
「どうしたの? ……もしかして、おいしくなかった?」
「いやいや、もちろんおいしいんだよ。けれどなんだかね、ちょっと物足りないなって思ってね」
ニックは思わず目を丸くしました。今までまほうのスプーンを使った料理は、みんなおいしいといってくれたからです。
「ニック、ちょっと食べてみる?」
「それじゃあ一口……」
おそるおそる食べてみると、マルの言うとおり、まずいわけではないけれど、なんだかあと少し、足りません。こんなことは初めてです。まほうのスプーンでも失敗があるようです。
どうしたらいいんだろう、とニックは考えました。マルがおいしく食べられるようにするには、なにをしたらいいんだろう。
あれこれ考えていると、チックのことを思い出しました。チックはいつも、まほうのスプーンを使わずに料理をしています。
チックは料理ができてすごいな、なんて思ってキッチンを見てみました。すると、あるものが見えました。
……もしかしたら、あれを使うともっとおいしくなるかも。
パッとひらめいたのですが、本当においしくなるのかニックには自信がありません。
そんな様子のニックを見て、マルが言いました。
「ニック、どうしたの? なにか思いついたのかな?」
「……うん。だけど、本当においしくなるのかわからないんだ」
ニックがそういうと、マルはハハハと笑って見せました。
「思いついたのならやってみようよ! きっとうまくいくよ」
それをきいても、ニックは自信がもてません。どうしようかと思っていると、マルがさらにつづけました。
「ニックはおうちでも料理をしたりお片付けしたり、このお店でもお仕事しているなんて、すごいことだよ。きっとおいしくなるよ。やってみて!」
そう言われて、ニックは決心しました。
「わかった。やってみる」
ニックはキッチンに戻ると小さななべにむかってスプーンをふりました。さっきと同じカボチャスープがあらわれると、ニックはそれを火にかけます。そして、生クリームを少しだけ加えました。
そうすることで、カボチャの甘さを感じられるおいしいスープになりそうだ、とニックは思ったのです。それでもやっぱりおいしいかどうか、自信はありません。けれどニックはゆうきをだして、そのスープをマルに持っていきました。
「どうかな。食べてみて」
「お! いただきます!」
ズズズと飲んで、マルはすぐに言いました。
「これはおいしい! とってもおいしいよ! 甘いカボチャの味が口に広がって、ほっぺが落ちちゃいそうだ。さすがニック」
そういうと、マルはあっというまにスープを飲みほしてしまいました。
ニックはマルのにこにこえがおを見て、今までよりもずっとうれしくなりました。ぼくも料理ができるんだ! とってもとってもゆうきがわいてきたのです。
この日は他のお客さんにも同じように、料理にちょっとしたかくし味をしてみました。するとそのどれもがおいしいといってもらえて、のこさず食べられていました。
その日の夜、ニックはうれしくてうれしくて、一日休んですっかり元気なチックに今日の出来事を言ってみました。
するとチックは「おお!」と声を上げました。
「ニック、すごいじゃないか! 料理を食べたお客さんがみんなえがおになったんだ。君はもう、立派なコックさんだな」
ひげをフルフルゆらしながら笑うチックを見て、ニックは自分がとてもほこらしくなりました。
その日から、このお店の名前は「チックとニックの森のカフェ」という名前になって、たちまち森中でひょうばんになりました。どうぶつたちはもちろん、空を自由にとびまわるハトやタカ、さらにはめったにすがたをみせない森のようせいたちまでも、このカフェにおとずれるようになりました。
そのたくさんのお客さんたちを、チックは手料理で、ニックはまほうのスプーンで楽しませています。
そんな中、今日はとうふハンバーグの注文が入りました。しかも大好物のブロッコリーをお皿にのせてほしい、というのです。
「ニック、君にこの料理をおねがいしてもいいかな?」
「もちろんだよ、チック!」
そういうと、ニックはさっそく料理を思いうかべます。こんがりやけた、とうふハンバーグには玉ねぎソースをかけ、ゆでてほくほくのブロッコリーにマヨネーズ。にんじんもそえてみましょう。そして、料理にぴったりなお皿をえらんだら、まほうのスプーンをふりました。
ピカッと光ってあらわれたハンバーグをみて、ニックはおどろきました。なんと、玉ねぎソースがかかっていないではありませんか。それにブロッコリーも見当たりません。
「あれ? どうしてだろう」
ふしぎに思ったニックは、もう一度スプーンをふりました。同じようにピカッと光りましたが、やはりソースとブロッコリーはのっていません。
どうしよう、どうしよう……。
ニックはあせってしまいました。これでは料理をお客さんに出すことができません。
「ニック、どうしたんだい?」
キッチンのおくからチックが話しかけました。どうやらニックがあわてているのを見て声をかけたようです。
「チック、どうしよう。スプーンをふっても玉ねぎソースがかからないし、ブロッコリーも出てこないんだ……」
チックはうーん、と考えて、そしてひらめきました。
「そうだ! 今わたしはね、サラダを作っているんだけど、サラダのために作ったソースはきっとハンバーグにかけてもおいしいと思うんだ。それにブロッコリーもゆでてある。大丈夫。それを使えばできあがりだ」
そういって、ニックにブロッコリーをわたしました。ニックはなれない手つきで包丁を持って、ブロッコリーを切り分けます。そして、お皿にもりつけるとチックがハンバーグにソースをかけました。
それはそれはおいしそうなハンバーグ。ニックはチックに「ありがとう」とお礼を言ってから、お客さんに料理を出しました。
「とってもおいしい! お店に来てよかった」
そう言ってもらえて、ニックはホッとしました。
けれど、そのあともまほうのスプーンはなんだかようすが変でした。味がうすかったり食材が足りなかったりしたのです。
この日はチックに手伝ってもらい、ニックもできるだけ料理に味をつけ足して何とかやりすごしました。
夜になってお店がしまると、ニックはすぐに相談をしました。
「どうしたんだろう。まほうのスプーンがうまく使えなくなっちゃった」
チックはむずかしい顔をして考えます。
「もしかしたら、まほうの力がとけかかっているのかもしれない」
そういうと、チックはまほうのスプーンについて話しはじめました。
「このスプーンは、このお店を始めるよりもずっと前に、森のようせいからもらったんだ。実は、わたしも料理が上手じゃなくてね、しっぱいばかりしていたんだ。そうしてすっかり自信をなくしてね。そんなときに、森のようせいがわたしのところへやって来て、スプーンをくれたんだ。けれどその時に、『あまり使いすぎるとまほうの力が弱まってしまうから気を付けて』って言われていたんだ。ニックに伝えるのをすっかり忘れていたよ。すまない」
「そっか……。それじゃあ、しばらくこのスプーンは使えないんだね」
ニックはとてもざんねんな気持ちになりました。まほうのスプーンのおかげでたくさんの料理をお客さんに楽しんでもらうことができていたからです。
「チックはスプーンを使いすぎないように自分で料理を作っているの?」
ニックはふいにそう思いました。まほうのスプーンがあるのに、チックがそれを使ったところを一度も見たことがないからです。
「いや、そうじゃないんだ。わたしは料理でいろんな人が笑ってくれるのが好きなんだ。それがまほうのスプーンであっても、自分の料理でもどちらでもうれしいんだよ」
チックはにこっと笑ってみせました。目がくりくり光っています。
「まほうのスプーンもつかれてしまったかもしれないね。一日休ませてみようか」
そのことばにニックはうん、とうなずきました。
「どうか、明日にはもとどおりになっていますように」
次の日の朝、ニックはおそるおそるカフェへやってきました。
まほうのスプーンをふってみましたが、なんと、力を取り戻すどころか、どれだけふっても料理を作ることができなくなっていました。まほうの力がなくなってしまったのです。
これでは食事を出せません。ニックはとってもおちこんでしまいました。何も作れなくなってしまったので、お客さんへ料理を運び、食器を洗って片づけをしています。けれど、すっかり元気のなくなったニックは、お皿を落としてしまったり、注文をまちがえてしまったりと、しっぱいばかりでした。
「どうしよう……」
家にもどったニックは、ため息をついていました。お母さんがいるソファにすわります。
「どうしたの?」
お母さんがききました。
「まほうのスプーンがね、使えなくなっちゃったの。それに、今日はしっぱいばかりしちゃったんだ……」
「それは大変だったのね」
「きっと、明日もスプーンは使えないと思うんだ……。ごはんを作れなくなっちゃった」
ニックの目からは、なんだか涙がこぼれてしまいそうです。鼻がひくひく動いていて、ひげも元気がないのか、ふにゃりとたれています。
そんなニックの頭を、お母さんゆっくりなでました。
「ニック、大丈夫よ。それならニックも料理を作ればいいじゃない。ニックはとってもおいしく作れるよ」
お母さんはそういうとやさしく笑いました。
けれどニックは首を横にふります。
「ぼく、料理は上手なんかじゃないよ。チックみたいにたくさん作れないし、お母さんみたいにおいしくできないよ。いつもしっぱいしているから……」
どうやらニックはまたも自信をなくしているみたいです。うるうるとニックの目にたまっていた涙がひとつぶこぼれおちて、ひげをつたっていきました。
それをお母さんは手でふき取ります。
「あら、ニックの料理はおいしいわよ。お母さんもお父さんも、あなたの料理大好きよ。ね、お父さん」
すぐそばで本を読んでいたお父さんは、その言葉にうんうんとうなずきました。
「ニック、どうしてそんなに心配しているんだい? この前なんてにんじんのステーキを作ってくれただろう。お父さんもお母さんも、とってもおいしくてすぐ食べちゃったよ」
「……でも、ちょっとこげちゃったよ」
そういうニックに向けて、お父さんはしんけんな表情で言いました。
「ニック、これだけはちゃんと覚えておいて。しっぱいすることはわるいことじゃない。ニックが料理をしたいかどうかが大切だよ」
お父さんはつづけていいました。
「今日はゆっくり休んで、明日またチックのところでがんばってみて。きっと、大丈夫だよ」
お父さんとお母さん、二人から頭をなでられました。ニックは少しはずかしくなってしまいましたが、安心してねむることができました。
次の日、ニックは森のカフェにいつもより少し早くつきました。スプーンをふってみますが、やはりまほうは使えないようです。
ニックはすぐに、チックに言いました。
「今日もスプーンはダメみたい。だから、料理を運んだりお皿を洗ったり、昨日はたくさんしっぱいしちゃったけど、がんばってみる」
チックはその言葉を聞いてにっこり笑いました。
「それじゃあわたしは料理をがんばるよ。なあに、ふたりでいっしょにがんばれば、さいこうのお店になるさ」
そういうと、チックは背中の針をぴょこぴょこはねさせながら、スキップしてキッチンへと向かいました。
お店がオープンすると、ニックはきびきび動きました。注文を受けてチックへ伝え、料理を運んでお会計をして、テーブルをきれいにして、お皿を洗って……。
そんな今日、お店にはハムスターのマルが来ています。二日に一回は来ていて、すっかりお店のじょうれんさんです。
「おや、ニックは今日、料理を作らないんだね」
「うん、ちょっと作れなくなっちゃって」
「それはざんねん。また作れるようになったらおしえてくれよ。ぼくはニックの料理が大好きなんだ。カボチャスープのときのようなひと手間が入っているからかな。とってもおいしいんだ」
急にそういわれて、ニックはうれしくてびっくりしました。そんなニックのようすをよそに、マルはメニューを見ながらつづけます。
「きっとニックの料理のファンは多いと思うよ! さて、それじゃあ今日はチックのごはんを楽しもうかな。どれがおすすめだい?」
「今日はキノコのバターいためがおすすめだよ」
それじゃあそれにしよう! とマルは決めました。チックへ注文を伝えてお皿を洗いはじめます。けれどなんだかおちつきません。
ニックの料理が大好きだなんて、お母さんとお父さんにしか言われたことがなかったからです。心がぽかぽかしてきます。
「マルに、ぼくの料理を食べてもらいたいな」
ニックは小さくつぶやきました。
お客さんがすっかり少なくなったころ、チックが言いました。
「ニック、今日はまったくしっぱいしていないじゃないか。昨日のしっぱいのおかげだ」
「しっぱいの、おかげ?」
「そうさ。しっぱいをおそれちゃいけない。しっぱいするからこそ、成功するんだ」
その言葉を聞いて、ニックは決心します。
「チック、ぼくもみんなにご飯を食べてもらいたい。やってみてもいいかな?」
チックのほっぺがにこっと上がり、ひげがピンと上を向きます。
「もちろんだとも! このお店は『チックとニックの森のカフェ』だからね」
それからニックは、まほうのスプーンを使わずに料理をすることになりました。
おうちでお母さんのお手伝いをするときよりも、お店で料理をするときの方が何倍も心がドキドキします。なんだかおいしく作れないなと思ったり、上手にできたと思った日には水をこぼしたりしてしまいました。
それでもニックは、おうちでもお母さんに料理をおしえてもらい、お父さんといっしょに作ってみます。
そうして、少しずつ少しずつ、ニックは料理ができるようになっていきました。
今日は、おうちでお父さんとおみそ汁のれんしゅうです。ニックはお父さんのおみそ汁が大好きです。けれど、今まで何回も自分で作ってみましたが、どうもお父さんのようなおいしいおみそ汁が作れないのです。
お父さんは、「お母さんにはナイショだよ」と笑いながら言いました。
「おみそ汁を作るとき、火を止めてから、さいごにみそを入れるんだ。そうして、お客さんに出すときは、もういちど火をつけて、ぶくぶくする前に止める。そうすると、おみそのかおりが引き立つんだよ」
お父さんがおしえてくれたように作ってみると、なんとびっくり、おみそ汁がとびきりおいしくなりました。
さっそくお母さんにも食べてもらうと、
「まあ、おいしい!」
と目をまんまるにして笑いました。
「このおみそ汁、明日カフェで作ってみようかな。食べてほしい友だちがいるんだ」
「それはいいわね! きっとみんな食べたらしあわせな気分になるわ」
お母さんがそう言ってくれたので、ニックはとっても力がわいてきました。
朝になると、ニックはさっそくチックにおみそ汁を作って食べてもらいました。
するとチックも、
「こんなにおいしいおみそ汁は初めてだ!」
とおどろき、よろこびました。
「ニック、今日のオススメ料理は、ニックのみそ汁にしよう! いいかな?」
「ほんとに? もちろんだよ。でも、さいしょに食べてほしい友だちがいるんだ。よんでもいい?」
チックは力強くうなずきます。
そうして、ニックがカフェからとび出してよんできたのは、ハムスターのマルでした。
「やあニック。今日はとびきり元気だね。お店に一番によんでくれてありがとう」
そういいながら、マルはいすにすわります。
「今日はマルに食べてほしいものがあるんだ。待っててね」
ニックはすぐにキッチンへ向かいます。
「どんな料理が出てくるのか、楽しみだなぁ」
わくわく心をおどらせるマルの前に来たのは、とうふやワカメ、そして玉ねぎが入ったおみそ汁です。
「今日のオススメ料理、ニックのみそ汁です。どうぞ、めしあがれ」
ニックはとってもきんちょうしてきました。なぜならマルは、ニックの料理をたのしみにしていたお客さんであり、友だちだからです。
「ニックのおみそ汁には玉ねぎが入っているんだね。これはおいしそうだ。いただきます」
マルは手を合わせてそう言うと、おみそ汁をのみました。はしを使って玉ねぎやとうふを食べます。
もぐもぐと味をたしかめたあと、マルははしをおいて、ほっぺに手をあてました。
「ああ、これはおいしい。ニック、やっぱりぼくはニックの料理が大好きだ。とってもおいしいよ。ありがとう、一番に食べさせてくれて」
ニックはうれしくてうれしくて仕方がありませんでした。どれだけしっぱいしても料理をつづけてよかったと、心から思えたのです。
その日の『チックとニックの森のカフェ』ではおみそ汁が大人気。みんながおいしいといってくれます。さらには、「ぼくの家ではあぶらあげが入っているんだ」とおしえてくれたきつねのお客さんもいました。どうやらおうちによって具もちがうようです。ニックはそのおみそ汁も作ってみたいと思うようになりました。
すっかり自信を取り戻したニックは、チックと力を合わせて、今日もお客さんにおいしいおいしい料理をふるまっています。
まほうのスプーンはというと、いつのまにかまほうの力がもどっていました。しばらく使われなかったので、ゆっくり休むことができたのです。
けれどチックとニックはそのことに気づいていません。
まほうのスプーンは、お店でいちばん目立つ、たなの上にかざられています。いつかまた、ぼくも料理を作りたいと思いながら、元気なチックとニックをやさしく見守っているのです。
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