おもち

「おもち」



今日のキーワード「おもち」



それを初めてみた時、それが『おもち』だとは到底思えなかった。


人が物を認識する際の思考回路は、目の前の物と自分の脳みそに詰まった情報群を比較し、そこから適切な組み合わせを導き出し言語化するという流れだそうだ。


もう一度、自分の脳みそに検索をかけてみよう。


僕「すみません、僕の脳みそ」


僕の脳みそ「はい、なんでしょう」


僕「目の前のちゃぶ台に乗っている物体はなんですか?」


僕の脳みそ「少々お待ちください・・・・・・大変お待たせしました。これは『おもち』です」


やっぱり『おもち』だ。
脳みそが言うんだから間違いない。
人間の脳みそは、スーパーコンピューター。


しかし、腑に落ちない。


僕は今一度ちゃぶ台の上にちょこんと乗った『おもち』に目を向けた。


すごく緑色だ。


緑といっても、優しい、心が休まる、とは無縁の緑。
小ぶりな湖や沼に溜まった、元々は鮮やかだったであろう木々が腐敗し葉緑素が抜け切った後の緑。
想像つくだろうか。
なんなら、黒といったほうが近いのかもしれない。


次にその形に目がいく。


一般的なおもちと同じく、それもいくつかの段をなしている。
鏡もちを想像してもらえればわかりやすいと思う。
しかし、それよりもずっと段の数が多い。


僕は段を数え始めた。
間違えのないように数字を口に出しながら。


僕「1.2.3.4.5….6.7.8…….9.10…11…..12」


終わらない。


僕「23.34….25…….26…27..28」


まだ終わらない。


僕「………69..70..71.72……..73」


終わった。


73段。
その『おもち』は73段もの段数を誇るおばけもちだった。
もちろん細やかなひだも段数に数えてはいるが、恐ろしい数だ。
こんなに数を数えるのは初めてで、自分が素数を数える数学者のような心持ちになった。
本当は数学者じゃないのに。


段数を数えている途中で気づいたのだが、段ごとの大きさもおかしい。
最下段が一番大きく、それ以外の大きさはまちまちだった。
ポンプのように大きい小さいが交互に重ねられている。


ほとんど黒に近い緑色で、ポンプのような見た目のおもち。
ピクサーアニメに出てくる芋虫を思い浮かべてもらえれば近いと思う。


僕「再度すみません、僕の脳みそ」


僕の脳みそ「はい、なんでしょう」


僕「やっぱり、おもちとは思えないのですが、本当にこれはおもちなんですか?」


僕の脳みそ「はい、これは『おもち』です」


先ほどよりもずっと早く回答が出た。
しかし、脳みその答えも半ば信じられなくなっている。
ここは自分以外の意見が欲しい。


僕「ねぇ、ねぇー、おかあさーん」


僕の母「なんね〜」
母の声が台所から聞こえる。
どうやら食事の支度中らしい。


僕「ちゃぶ台の上のさ、これ、なんなのー?」


僕の母「おもち!」


早っ。
もっと「どれのこと〜?」とか「もう一回言って〜」などの会話が挟まると思っていた。
しかし、即答。
もう飲み込むしかないのだろうか。


一旦落ち着いてみよう。
フゥ


…おかしな時間だ。
正月休みの貴重な時間をこんなことに費やしてる。
しかし、これをなあなあで投げ出すほどの無責任な男でもない。
もう一度、正面から向き合おう。


僕がこんなにも怪しむ中で、結局これをおもちだと判断してしまっている理由ははっきりとしている。
最初からここに目を取られていたのかもしれない。


最上段に飾られた「賀正」と書かれた正月飾りだ。
これが僕の思考と、脳みそと、母までも狂わしている。


しかし、ここで気づく。
結局、信じられるのは自分の感覚だけだ。
まだ試していないことがいくつかあるじゃないか。


よし
食べよう。
それで決着がつく。


僕は恐る恐るそれを手に取った。


重てぇ。
想像した3倍ほどの重量で面食らってしまった。
その昔、動物園のふれあいコーナーで抱き上げたハムスターを思い出した。


その流れで鼻に近づけてみる。


…なんもない。
無臭中の無臭。
嗅覚での判断をバッサリと断られてしまった。


よし、それならやってやろうじゃないの。
自分に暗示をかけよう。


…僕はソムリエだ。
しかも、そんじょそこいらのソムリエではない。
神の舌を持つソムリエ。
明治時代から続く由緒ただしきソムリエの家系。
その長い歴史の中でも唯一無二の天才と言われるほどの凄腕ソムリエ。
その能力を買われ、宮内庁、ひいては天皇陛下お抱えとなったソムリエ。


頭の中で陛下がこう宣(のたま)っている。


天皇「すみません、このちゃぶ台に乗っている物体はなんなのでしょうか?気になって仕方ありません。」


僕「わかりました、陛下。少々お待ちください」


大ソムリエの僕は『おもち』を口に運び、思い切って一口かじってみせた。


僕「….陛下、お待たせしました」


天皇「それでそれで、なんだったの」


僕「….これは、恐らく、うんちです」


天皇「え?」


僕「お耳汚しでしたらすみません。これ、恐らく、肉食動物のうんちを乾燥させたものです」


天皇「そっか。ごめんね、食べてもらっちゃって」


というわけで、我が家のちゃぶ台に置かれていたのは『おもち』ではなかった。


なんで、正月飾りがうんちだったんだろう。
洗面所で口をゆすぎながらぼーっと考える。


いくら考えても答えは出ない。
なので、僕はこれを父の茶目っ気だと思うことにした。


それと同時に、来年の正月は帰省しないことを心に決めた。


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