_ねこ_

「ねこ」

今日のテーマ「ねこ」

ここは私の家。
広くもなく狭くもない日本家屋のこの家。
物心つく頃から住んでいる、古めかしいけど温かな家。
そこに今、私が一人いるだけ。父と母は出かけていない。だから、今は私の家。
昼過ぎのひと時を縁側で過ごす、それが私の流儀。プライド。

そんな午後の小旅行、旅のお供はこの子なの。
私が10歳の頃から飼っている、8歳のねこさん。
名前はあえてつけずに私はこの子を「ねこ」と呼ぶ。
愛称がある、そのことが弱さにつながると知っているから。
こういう倒錯した部分からか、私は高校でも友達が少ない。

ねこはピクリとも動かない。
私の膝の上にちょこんと座り、陰りを見せ始めた晩夏の気候の中を気持ちよく漂うように眠ってみせる。
私も彼を起こすまいと、もうしばらくの時間じっと座ったまま過ごしている。

はたから見たらなんと微笑ましい光景だろうと映ったに違いない。
午後の光が差し込む日本家屋の縁側に、ふんわりと座る人とねこ。
実際意識していないのか、と言われるとちょっと意識はしていた。
今、相当なシャッターチャンスだよー、って。
写真撮ってSNS載せたらアクセス集中サバダウン待った無しだよー、って。

それでも人は通らない。
なんともったいないことか。
まぁ、これもしょうがないね、
別に、写真撮ってもらうためにこのねこと、座ってるわけじゃ、ないしね。
しかしこの日の私はいつにもなく大胆だった。
というのもしっぽりと座りながら心の中ではこんな妄想に取り憑かれてしまった。

「8年来の付き合いのねこに、タトゥーを入れてみたい」

そんな考えがふつふつと湧き上がってしまった。

最近ではねこバブル(ねこというコンテンツだけで人々が熱狂した時代)も終焉を迎え、ねこと何かの組み合わせが世間を、ひいてはネットの海を席巻している事実があると私は常々思っていた。

ねこと自然
ねことコスプレ
ねことお餅
Exes

ねこもねこであるだけではいけない時代らしい。

そんな中でタトゥーが入ったねこというのは斬新で素晴らしい思いつきのように思えた。
入れるとしたら何がいいだろう。

ねこの腹部に「私は野良猫です」の和ぼり。
・・・これは可愛いな。
確実に人に飼われているねこ、なのに「野良猫」
しかし弱いか。

ねこの額に「犬」の彫り文字。
アイデアはいいのだが、シュールすぎるか。
これは奇をてらい過ぎているかもしれない。
ジャストアイデアがあるはず。

ねこの前腕に「風呂」の墨文字。
まさかの訪日外国人と同じテイストの入れ墨。
外国人からのねこ転生。
これは可愛いし、物語性を感じるのでは・・・
そんなことを考えていると、膝の上がもぞりと動くのを感じた。

いけない。私ったら。興奮がねこに伝播してしまったのかしら。
そんなことを思い、ねこと目を合わせようとした私。

ギギギ
ねこの首から異様な音が漏れ出す。
その音とともにねこの首は本来曲がるはずのない角度に曲がり出した。
体は正面を向いたままで首は私の方を向いている。

恐怖はあった。
しかし、それ以上にこの光景を写真に収めたい、そんな人間らしい欲に私は取り憑かれていた。
ポケットに手を伸ばそうとする私。

「やめたほうがいい」

はっきりとねこがそう発音した。
晩夏にも関わらず私の顔には汗が滲んだ。

「・・・写真ですか・?・・それとも、タトゥーのくだり、ですか?」
私は真偽を確かめたかった。
このねこに思考能力があるのか、この質問で量るつもりだった。

「・・・どちらもだ」
風も音もない空間を風鈴が響き渡るような、澄んだ声が聞こえた。
その言葉と同時に私は失神、ううん、トリップしてしまった。

目がさめると私は縁側にいた。
・・・夢か・・・。
なんだか少し肩透かしされた気分。
でも、そうだよね。ねこさんが私の膝の上にいて、しかも喋るなんて。
そんなことあるはずないか。
だっていつもは私がねこさんの膝の上で寝てるんだから。
そう心の中でつぶやいて、私は空を見上げた。
ねこさんと目があった。
私は精一杯おどけた表情を作ってねこさんに愛嬌を振りまいた。
ねこさんが私の髪をくしゃくしゃっと撫でてくれた。とても嬉しかった。
私たちの午後はこんな感じ。

ここは私の家じゃない。
私はねこさんに飼われている。


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