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「男はつらいよ」巡礼 #1

数年前から映画「男はつらいよ」を全話見たい欲が高まっていた。自宅はCSも入るし、net配信のサブスクもいくつか入っている。毎月送られてくるCSの番組表雑誌の日本映画の放送予定に男はつらいよシリーズが1本も載っていなかったことは知るかぎり一度もない。人気コンテンツだと思う。故になかなか無料放送してくれない。放送予定の脇には有料放送であることを示す¥マークが。だったらnet配信かと思うが入っている配信では現在男はつらいよを扱っていない。もう一つ増やす?ただでさえ持て余してるのに?うーんと手をこまねいているうちにBSテレ東で4Kデジタル修復版を49作目まで毎週一作づつ放送してくれることになった。願ったりの企画だ。なぜ地上波でやらないのかと思う贅沢企画だ。ということで寅さんマラソン、というよりハイキング、いや巡礼だな。その備忘録として記事を書いていけたらと思う。結願できますかどうか。

第一作「男はつらいよ」 1969年8月公開 監督 山田洋次  脚本 山田洋次 森崎東

ドラマ版を経て仕切り直しの第一作。今ではドラマ人気からの映画化は珍しくはないが当時はなかなか珍しいパターンだったよう。主人公を殺して(ドラマ版ラスト寅さんはハブの毒で命を落とし幕となるそうだ)まで終わらせた作品が映画になるということはドラマ版もなかなか人気があったようで、寅さん死亡エンドにそりゃないだろと思った視聴者も多かったのだろう。TVシリーズのエヴァンゲリオンみたいな感じ?映画一作目である本作はドラマの続編ではなく、キャスティングや一部設定を仕切り直しての再スタートという感じだ。またエヴァンゲリオンの例えになるがTVシリーズとエヴァンゲリヲン新劇場版という感じじゃないだろうか。

のちのシリーズでは定番となるアバンはなし。寅さんの語りからOPという流れ。中学生のころ家を飛び出して以来、20年ぶりに寅さんが柴又に帰ってくる。マドンナは帝釈天の御前様の娘、坪内冬子(光本幸子)ではあるが冬子への恋心はサブストーリーでメインストーリーはさくら(倍賞千恵子)の結婚話。正味、マドンナはさくらという第一作目だ。構成上の役割もそうだが演出的にもさくらを主軸に撮影しているように思う。とにかく倍賞千恵子が可愛い。いや、ほんとに可愛いの。出番も多いし、衣装替えも多い。普段着のバリエーション、女子社員の制服、お見合いのシーンの外出着、和装、花嫁衣装。イチオシは博(前田吟)のプロポーズを受けるときに着ているノースリーブ。二の腕が眩しい。前田吟も筋肉質で引き締まった体型の美丈夫ぶりが学歴を蹴って工員を選んだ男という役どころに合っていて二人が結婚する流れは自然と応援したくなるナイスなキャスティングだ。この二人を見たいがためにリピート鑑賞できる。

寅さんのキャラクターはリアル寄りだかカラッとしている。好きなさじ加減。以降の作品も飛び飛びで見ているが作品(脚本)によって、全体的にコメディに振ったストーリーのときはわかりやすくコミカルな感じになるときがある。逆にリアルに強く振って切なさや哀愁を強く感じたりする作品もある。作品によって演出の方向性が結構違うのだ。特に初期はその振り幅が大きい。大卒じゃなきゃさくらは嫁にやれないと言う寅さんに博が談判するシーンの寅さんの察しの悪さがいい。以下、少々抜粋。

博「大学も出てない職工にはさくらさんを嫁にやれないっていうのか?」寅「オウ、当たりめぇよ、文句あんだったら腕でくるか!?」博「あんたに好きな人がいて、その人の兄さんがお前は大学出てないから妹はやれないと言ったらあんたどうする?」寅「何?何?俺に好きな人がいてその人の兄さんが?バカヤロウ!いるわけねえじゃねえか冗談言うなよ」博「いや、仮にそうだとしたら今の俺と同じ気持ちになるはずだと」寅「冗談言うなよ!俺がお前と同じ気持ちになってたまるかい、バカにすんなよこの野郎」

日常ではこれくらいの意思疎通の噛み合わない会話がなされることはなくはないが物語の中で出てくることはなかなかない。言い合ってる二人の言葉も元は脚本家が考えているわけで、物語の登場人物は察しが良いことが往々だから。意図してディスコミニュケーションを描いており、寅さんを「おかしな人だな」と言うよりは「面倒くさい人だな」と思うシーンで、こういうシーンが一作目の良いところだと思う。好きだ。中学校を中退してフーテンとして生きてきた男のバックグラウンドを感じるセリフだからだ。さくらの見合いで粗相をして破談になってしまう流れもトンチンカンな人物が暴れると言うよりは常識が違う世界で生きてきた男がお上品とされる場に放り込まれるズレによる騒動という描かれ方だ。作中を通して後の作品で固定されていく「寅さんといえばこう」というような鉄板ネタのようなものもまだ固まっていない感じもありキャラクターではなく人間としてのリアリティがあっていい。

今回の第一作は今年の正月にやはり4K版をNHK BSで見たのが初見で、それまで思っていたストーリーとだいぶ印象が違った。長期シリーズを狙った一作目という想像をしていたが、実際の作品はどちらかといえばドラマ版の集大成という感じだった。実際、シリーズ化は決定していなかったようで、それゆえの出し惜しみがない。展開は早く密度も濃い。正直、さくらが一作目で結婚するとは思わなかった。何作か独身時代編があり、その後、さくらの結婚的な一編があるものと思っていた。やり切った感もあり、仲違いしていた博の両親が披露宴で挨拶するシーンのような至極のシーンもあり、完成度が高い。この一作目の出し惜しみのなさが長期シリーズになるような作品には必要なのだろう。「二作目に驚く展開をとってあるんです」みたいな映画は案外二作目がなかったり、あっても尻蕾だったりして記憶から薄れていくことが多いように思う(壮大な設定で始まった連載マンガが設定を使い切る前に打ち切りになるやつだ)。出し切って、出し切ってからさらに捻り出すというやり方が人気作の秘訣の一つと脳内にメモ。

好きなセリフ

「毎年3月もう人事異動の時期が近づくと各課でこの、さくらさんの争奪戦が始まります、それをね人事部ではストーブリーグって言いましてね。桜の花の咲く頃にその辞令が下りるわけです」

お見合いに立ち会ったさくらの上司が言う社交辞令。割と大きな会社の管理職がいかにも言いそうな感じがたまらない。かなり盛ってる感じも。さくらに限らず他の部下だとしても同じようなことを言ってるんだろうなという口ぶり。さくらにかけて「桜の花の咲く頃にその辞令が」見たいなちょっとうまいこと言ったでしょ?という感じも良く、脚本家の腕の確かさを感じるセリフ。なくたってストーリーは進められるがあると深みがますセリフで大事だなと思う。


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