野菜の声が聞こえる男

俺はかつてあがり症だった。
大人数の前でプレゼンなどしようものなら、もう何を喋っているのかも分からないような有様だった。
そのあまりの緊張ぶりを見かねた上司は俺にアドバイスをくれた。

「聴衆を野菜だと思えばいい」と。

上司のアドバイスのおかげで、俺はほとんど緊張しなくなった。
業績も上がったし、給料も上がった。

しかし、ひとつだけ困ったことがあった。
野菜が話しかけてくるようになったのだ。

最初はたまに話しかけてくる程度だったが、ここ最近はひっきりなしである。
ついに気でも狂ったのかと思って、精神科にも行った。
結果は無情にも「異常なし」であった。

ある日、俺はふと思いついた。
「野菜なら調理して食べてしまえばいいのではないか」と。

さっそく自宅に持ち帰って調理することにした。包丁を入れると、そのトマトは何事かを叫んでいたが、そのうち静かになった。
俺は久しぶりに晴れやかな気持ちになり、作ったトマトスープを食べた。

毎日家で料理をする。1週間も続けると慣れてくるものだ。心なしか体調も良くなった気がする。
今日は張り切ってカレーを作るつもりだ。

さあ調理するぞ。包丁を手にする。突然、ドアを叩く音が聞こえる。
こんな時間に誰だろう。俺はのぞき穴を覗き込んだ。

そこには野菜が群れをなして立っていた。

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