僕の好きなアジア映画53: 夜明けの詩
『夜明けの詩』
2021年/韓国/原題:아무도 없는 곳/82分
監督:キム・ジョングァン(김종관)
出演:ヨン・ウジン(연우진)、IU(아이유)、キム・サンホ(김상호)、イ・ジュヨン(이주영)、ユン・ヘリ(윤혜리)、ムン・スク(문숙)
シネマ映画.COMの「公開直前プレミア上映」で鑑賞。原題の「아무도 없는 곳」は「誰もいないところ」という意味のようで、どうして邦題が「夜明けの詩」なのか理解できない。そして日本の宣伝としては「ヒーリング・ストリー」であるかのようだが、ちょっと待って。これそういう物語?僕にはこの映画にヒーリングの要素を見出すことはできなかったのだが。日本版ポスターのビジュアルもヨン・ウジンとIUが写っている絵面が欲しいだけで、この映画の世界観を表現したものとは全く言えないのではないだろうか。
7年ぶりにイギリスからソウルに帰国した小説家が会ったのは、認知症で記憶を失った母。彼女は若き日の記憶の中佇んでいる。怪我をして飛べない小鳥、亡くした子と会話する狂った女性、恋人との間の子供を中絶し、彼との思い出のタバコの最後の一箱を燃やす後輩編集者。奇跡を信じつつも病魔に侵された妻の死を知らされる写真家。彼の入手した青酸カリ。主人公はそれを自身のポケットに入れて持ち帰る。生死に関わる交通事故で片目を失ったバーテンダーは客の記憶を買い。それを詩に詠む。主人公の部屋に置かれた青酸カリの瓶、コップの水に溶かされる粉。自分の子は生きていてそばにいると言い張るイギリスに残した元妻との電話。夢の中で誰かに連れられて階段を登っていく母の姿と、子どもと共に走っていく狂った女性。主人公は一人町を彷徨う。悲しみの中でも彼は穏やかな表情をしているが、この映画にはずっと死の香りが漂っているではないか。
隅々まで明るく鮮明に見える映画とは違って、この映画は映像が暗い。光と影、というよりは影の映画ではないか。穏やかに繊細に、登場人物たちの孤独と絶望と記憶が描かれていく。僕には主人公がその絶望を乗り越える物語には全く思えない。彼が希望を見つけられなくても、誰もいないところで静かに絶望に寄り添う物語であっても、それで良いのではないか。
しかしこの映画、役者陣が素晴らしい。ヨン・ウジン、IU、キム・サンホ、イ・ジュヨン、そしてムン・スク。彼らの演技と美しい映像、そして監督の繊細な演出で、この映画は忘れ難い作品になった。
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