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僕の好きなアジア映画21:息もできない

『息もできない』
2008年/韓国/原題:똥파리
監督・脚本:ヤン・イクチュン(양익준)
出演:ヤン・イクチュン(양익준)、キム・コッピ(김꽃비)、イ・ファン(이환)、チョン・マンシク(정만식)、ユン・スンフン(윤승훈)

本作は監督としてのヤン・イクチュンの、まさに「息もできない」くらいに鮮烈な長編デビュー作です。本作では脚本も主演も本人が務めています。原題は「トンパリ」。「トンパリ」とは「クソバエ」という意味なのだそうです。

すでにたくさんの映画やドラマに出演し、いくつかの映画を監督していますが、直近で彼を見たのはキム・ヤンヒ監督の『詩人の恋(2017)』の冴えない中年の詩人役と、ヨン・サンホ監督のNetflixドラマ『地獄が呼んでいる(2021)』の刑事役。味のあるいい演技であることはもちろん認めるのですが、『息もできない』ほどの衝撃ではないんです。それほど『息もできない』は鮮烈でした。ヤン・イクチュンが何者かを知らないでみれば、この人「本物のあっちの人?」って思うのではないでしょうか。

で、なにの本物かっていうと、ヤン・イクチュンの扮するのは怒りの塊のような取り立て屋。要するに手に負えない暴力的なチンピラなのですが、いやこいつ本当に本物のチンピラじゃないかって思うぐらいリアルな演技だったのです。もちろんそんなわけはないのですが、破滅的で凶暴な行動が怖いほど生々しくて、街であったら絶対こいつは避けますね、っていうレベルなのです。

そんな手に負えないような暴力的な男が一人の女子高生との出会いから変わっていきます。そこからが物語の展開なのです。境遇の似ている二人は、ともに愛を知らずに育ち、それ故にお互いの魂が共鳴してい来ます。二人が出会うことによって、主人公は初めて自分の素直な感情を発露するようになります。そして今まで感じることがなかった希望や安らぎを垣間見るのです。

しかしもちろんそのままハッピー・エンドなどということはあり得ません。この映画が、そんな柔らかな方向に着地をするはずがないのです。その後の悲劇に向かっていくドラマの展開は、もはやスリリングですらありました。

本作はヤン・イクチュンの才気とエネルギーが溢れ出るような、強烈な映画でした。才能に恵まれた監督だけに、もちろん別の形で良いのですが、またこういう熱量の大きい、過激なほどの映画に期待したいなぁと、思います。

第38回ロッテルダム国際映画祭グランプリ、ニューヨーク・アジア映画祭新人監督賞など。


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