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僕の好きなアジア映画89: 星くずの片隅で

『星くずの片隅で』
2022年/香港/原題:窄路微塵/115分
監督:ラム・サム(林森
出演:ルイス・チョン(張繼聰)、アンジェラ・ユン(袁澧林)、パトラ・アウ(區嘉雯)、トン・オンナー(董安娜)


年の所為か、派手なアクションやCGに支配された「大きな」映画には興味が全く失せてしまい、ますます「小さな」映画が好きになっている。この映画などもまさに小さな映画の典型で、徒らに仰々しい怪物的なエンターテインメントとは真逆の映画と言える。

今やどこの国においても経済的格差は当たり前のことになってしまった。富めるものはますますその権益で富を維持拡大し、貧しいものはいかに勤勉に努力をしてもそこから逃れ出ることはできない。貧しいものは貧しいままで、その結果孤独死という悲劇的結末にもなりかねない。

コロナ禍の中の香港は閑散としており人気がない。多くの人々が海外への移住を試みている。恐らくは中国共産党の統治からの脱出の意味もあるだろう。主人公は清掃業を生業としていて、コロナ禍で店舗などの消毒なども行なっているが、社会状況もあり経営はあまり良くない。

そこにシングルマザーの若い女性が職を求めて現れる。カラフルでチープな服装の彼女は、娘との生活のために必死であり、少しばかりの窃盗や万引きぐらいは全く躊躇がない。一方男は経済的に苦しい状態であっても、仕事に対しては真摯な姿勢を崩さない。

彼女の行動により、男の仕事は破綻してしまう。映画全体を通して、登場人物の感情の動きが実に繊細に丹念に描かれる。ラスト近く、彼女の行動の動機を知った男が彼女を抱きしめようとした時に、女はその罪の意識ゆえか抱擁を少しためらう、その本の一瞬のナイーヴな仕草に、そして演出に胸を衝かれた。

間違いなくこの映画の大きな魅力の一つは、シングルマザーを演じたアンジェラ・ユンであろう。その繊細な演技を担った彼女は、香港のトップ・モデルでもあるのだという。輝いています。

アンジェラ・ユン

主人公は言う。「俺たちは塵より小さい。神様も見逃すほどだ。」と。大都会香港の社会の片隅に忘れられた市井の人々の、懸命に生きる現実を温かい視線で描いている。決してありきたりな男女のラブ・ストリーに貶めることもなく、安易なハッピー・エンディングでもなく、淡々としてしかし優しい終わり方もこの映画に相応しいものだと思う。美しい香港の映像も、歌うような広東語の響きも、ウォン・ヒンヤンによる静謐なサウンドトラックも、全てが愛おしい。まさに「僕の好きなアジア映画」でした。

香港電影評論学会大奨最優秀監督賞、香港電影金像奨最優秀オリジナル音楽賞など


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