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僕の好きなアジア映画31:瀑布

『瀑布』
2021年/台湾/原題:瀑布(The Falls)/129分
監督:チョン・モンホン(鍾孟宏)
出演:アリッサ・チア(賈静雯)、ワン・ジン(王淨)、リー・リーレン(李李仁)

主人公は精神を病んでいる。被害妄想があるのでおそらくは統合失調症という設定だと思う。元々その状態にあった主人公が、夫の不倫による離婚でシングルマザーに、住んでいるマンションの外壁修復のため建物がブルーシートですっぽり包まれていること、そしてコロナ禍による外出制限などが重なって、病状が悪化してしまった、という設定のようだ。なんかコロナ禍の閉塞感の映画みたいに書いているものもあるけれど、コロナによる閉塞感はその要素の一部に過ぎない。

導入部の娘の反抗的な態度や母との確執は、その後の母を労わる娘の言動を見れば、主人公の被害妄想を描写したと考えるべきだろう。職場やマンションを見れば、彼女は高収入のいわゆるセレブであることがわかる。

シングルマザー役のアリッサ・チア

病状が悪化してしまった結果、仕事も退職を余儀なくされて、経済的にも困窮せざるを得ない状態になる。そして娘との間にも緊張状態が続く。こうした母親の精神障害が引き起こしたさまざまな惨状が映画の前半部を占めている。母と娘の葛藤というよりは、本人と彼女を取り巻く「世界」との確執ではないかと僕には思える。

娘は映画『返校』のワン・ジン

しかし後半は明るい兆しが見える。コロナによるロックダウンが解除され、マンションのブルーシートも外されて、閉塞感が取り除かれる。スーパーマーケットでの仕事も慣れないながら、冴えないけど優しいオーナーに見守られている。あわやまたも妄想か、と思われたある事件も実際に起こっていることとわかり、彼女が妄想から抜け出して、現実の認識ができていることが示される。

スーパーのオーナー役には同監督の『ひとつの太陽』のチェン・イーウェン

「そんなっ」と思わず声が出てしまった最後の出来事についてはネタバレしすぎなので書かないが、それをどう解釈するかは観るものに委ねられている。絶望的な妄想と捉えるかもしれないが、被害妄想から回復した(と思われる)母の事実認識だと考えれば、胸を撫で下ろす結末だと僕には思える。統合失調症の妄想は被害妄想だから、こういう形にはならないだろう。だからこそこの映画の最後に、絶望へと転落した母娘の希望と再生が見えるのだと思う。

ところでタイトルはどうして『瀑布』なのだろう。ちょっと釈然としないけれど、ポスターを見ればブルーシートの前の二人は、まるで瀑布の前に佇むかのようだ。滝のような激流に流され落ちて行く母娘を暗喩したものだろうか。それにしてもこのポスター、女優さんたちの写りがひどい。二人とも美人なのに(笑)。

第58回金馬奨最優秀作品賞、最優秀主演女優賞、最優秀脚本賞、最優秀オリジナル映画音楽賞



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