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僕の好きなアジア映画41: ひとつの太陽

『ひとつの太陽』
2019年/台湾/原題:陽光普照/156分
監督:チョン・モンホン(鍾孟宏)
出演:ウー・ジェンホー(巫建和)、チェン・イーウェン(陳以文)、コー・シューチン(柯淑勤)、グレッグ・ハン(許光漢)

あまりにも悲しい映画だと思う。登場人物の誰一人として幸せな者がいないのだから。

物語の中心は夫婦と二人の息子の四人家族。その家族の歯車が狂っていく。

そのきっかけは次男。非行に走り、傷害事件を起こして少年院に収監される。被害者の腕を切断してしまい、それは被害者にとってはもちろん、加害者にとっても一生心の傷にもならざるを得ない。刑期を終えて出所した次男は、洗車場で真っ当に働こうとするのだが、昔の不良仲間が付き纏い、それを許してくれない。過去は容易に彼を解放してはくれない。

長男は学業優秀で、医学部を目指す爽やかな好青年だ。しかしおそらくそれ故にこの一家の希望であり続けることが重荷となり、父から押し付けられる価値観にも悩まされ、人知れず苛まれる絶望感の中で、あっさりと自死を選んでしまう。家族は長男の胸の内を全く理解することができなかったのだ。

父はしがない自動車教習所の教師。犯罪者となってしまった次男を存在しないものとして扱い、全く興味を持っていないように見える。独善的で長男にも自身の価値観を押し付けようとする。しかしそう見えた父ではあったが、次男を守るべく彼に付き纏う昔の不良仲間を殺してしまうのだ。

厳しい状況の中、水商売の専属美容師として働く母は家庭を支えようと気丈に必死にもがくのだが、その必死さもまた痛ましい。

監督は『瀑布』のチョン・モンホン。その視線は『瀑布』よりさらに厳しい。絶望に打ちひしがれる者たち、もがいてももがいても這い上がることのできない者たち、その中での切ない家族の絆。映画のラスト、美しい日差しの描写の中、そんな彼らに唯一平等に与えられているのは太陽の光だけであるという、美しくも絶望的なモノローグ。人生は太陽の光のように平等ではない。こんないたたまれない映画があるだろうか。次男の更生や新しい命の誕生があっても、そこに安易に希望を託すことは、僕にはあまりに脳天気に思える。緑濃い台湾を捉えた映像が美しい。が、美しい映像であればこそさらに悲しさが募る映画だった。

2019年金馬奨最優秀主演男優賞、金馬奨最優秀作品賞、金馬奨最優秀監督賞、2020年アジア・フィルム・アワード 助演女優賞など。



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